DX最大の壁は「過去の成功」──花王が“必勝パターン”をあえて捨て、大ヒット商品を生み出せたワケ(3/5 ページ)
時には過去の成功体験を捨て、思い切って新しい手法を試さなければならない。こうした学びを与えてくれるのは、経済産業省と東京証券取引所が「DX注目企業2025」に選定した花王の事例である。同社の常務執行役員で、デジタル戦略部門を統括する村上由泰氏に話を聞いた。
「スクラム型運営」はなぜ強いのか
――貴社のヘアケア事業では、デジタル活用によるマーケティング変革により、商品開発スピードが約6倍(2022年比)に向上したそうですね。実際、「melt」「THE ANSWER」といった大ヒット商品も生まれています。従来の開発プロセスと比較して、「スクラム型運営」の強みは何でしょうか。
従来の開発プロセスが、各部門が独自の専門性を発揮してバトンを渡していく「リレー方式」であったとすれば、スクラム型運営は、多様な専門性を持つメンバーが最初から一つのチームを組む運営方式です。
リレー方式は、研究、マーケティング、営業といった各機能部門の専門性を最大限に高める点が強みでしたが、部門間の連携が段階的になるため、市場の急激な変化への対応に時間を要し、情報が部門内にとどまりがちとなるサイロ化が課題でした。
一方、スクラム型運営の強みは3点。1つ目は目標設定がシンプルということです。スクラムチームの目標は、部門のKPI達成ではなく、「生活者に素晴らしい価値を届けること」のみ。これにより、メンバーは部門の壁を越え、常に生活者視点で物事を考え、行動するようになります。
2つ目が意思決定の速さです。スクラム型運営のチームには、目標達成に必要な権限が大幅に委譲されています。これにより階層的な承認プロセスを経ずに、迅速な意思決定と実行が可能となり、開発リードタイムが短縮できます。
3つ目が高速な学習サイクルです。デジタルを活用した迅速なプロトタイピングと市場テストを繰り返すことで、チームは「生きたデータ」から高速で学び、製品やコミュニケーションを継続的に改善していきます。このように機能最適化を追求するリレー方式から、生活者価値の実現を最速で目指すスクラム運営への転換こそが、私たちの変革の中核であり、ヒット商品を生み出した原動力です。
――デジタル活用によるマーケティング変革を進める中で、どういった苦労がありましたか。
デジタルマーケティングへの変革における最大の挑戦は、技術的なツールの導入そのものではなく、私たち自身が長年かけて築き上げてきた「成功体験」という、見えざる壁を乗り越えることでした。
当社はこれまで、大規模な市場調査に基づいて理想的な製品を開発し、マス広告を通じて一気に市場を席巻するという「必勝パターン」で成長を遂げてきました。このモデルは非常に強力で、社内の組織、プロセス、そして何よりも社員の思考様式に深く根付いていました。
変革における本当の困難は、この「成功の方程式」こそが、変化の速いデジタル時代においては足かせになり得るという事実を、組織全体で受け入れることでした。長年のキャリアを通じてその道のプロフェッショナルとなったマーケターたちが、自らの成功体験を一度リセットし、全く新しいやり方を学ぶことは、相当なチャレンジであったと思います。
「melt」で採用したリーンスタートアップ型のアプローチは、その象徴です。1年単位の緻密な計画を立てる代わりに、数週間単位のスプリントで動き、大規模なローンチの代わりに小規模なテストを繰り返し市場の反応を見る。これは、不確実性を受け入れ、「失敗は学習の機会である」と捉える、根本的なマインドセットの転換でした。
この大きな壁を、トップダウンの命令ではなく、小さなスクラムチームという「実験場(サンドボックス)」で新しいモデルの有効性を証明することによって乗り越えました。「melt」のヒットが何より雄弁な証拠となり、組織内に「私たちも変わりたい」というポジティブな引力を生み出したと考えています。
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