人口1万人弱の町で「マイナンバーカード」を生活インフラに どんな変化が起きた?:見守りサービスやポイントサービスなど(3/3 ページ)
富山県朝日町と博報堂で、2020年から公共DXサービス開発・実装がスタート。「マイナンバーカード」を生活のインフラにする、新しい取り組みを開始しています。
マイナンバーカードが最も使われている町
──このサービスの仕組みやコンセプトをお聞きになったとき、どのような感想を持たれましたか。
笹原: 「LoCoPiあさひまち」は、朝日町のこれまでのDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みの1つの結実であると感じました。人口1万人の小さな町でDXを進めるのは簡単ではありません。しかし私たちと博報堂の皆さんは、5年間にわたってその取り組みを着実に前進させてきました。その粘り強い取り組みから生まれたプラットフォームが「LoCoPiあさひまち」であると思っています。
山崎: 「ノッカル」は現在ではたくさんの住民に利用される交通サービスとして定着していますが、サービスの形がはじめから明確に想定されていたわけではありません。朝日町と博報堂のメンバーが議論を重ねる中で徐々に現在の形となっていきました。「LoCoPiあさひまち」もまた、そういったコミュニケーションの積み重ねから生まれたものです。私自身、その議論に参加していたので、間違いなく多くの住民にとって有用なサービスになるという確信がありました。
──現段階で「LoCoPiあさひまち」はどのくらい普及しているのでしょうか。
住吉: 現在は、町民の30%弱、およそ2800人が「LoCoPiあさひまち」ユーザーとなっています。これを50%まで伸ばしていくのが当面の目標です(取材日:4月時点)。そのためには、このサービスの利便性やメリットを今まで以上に周知していくことが必要であると考えています。
笹原: 幸い、マイナンバーカード対応端末を設置してくれる商業施設はどんどん増えていて、その中には県内最大規模のスーパーチェーンなども含まれています。さらに今年度からは、新高校生に一人当たり5万円分相当のLoCoPiあさひまちコインを進呈する施策を実施しました。こうした取り組みによって、マイナンバーカードの取得率が上がり、カードの日常的な活用も増えることが期待できます。おそらく今後「LoCoPiあさひまち」のユーザーは右肩上がりに増えていくと私たちは見ています。
堀内: ユーザー数はまだ30%弱ですが、カードが端末にタッチされている回数は月5万回に達しています。これは、タッチされる場所が、公共施設や学校などにとどまらずスーパーマーケット、病院、温浴施設など、日常生活に溶け込んだ利用がメインになってきているからです。おそらく、マイナンバーカードが日本で最も頻繁かつ広範に使われているのは朝日町です。さらに言えば、多様な物理カードの中で、ここまで日常的に利用されているカードはほかにあまりないと思います。僕たちはその事実に大きな手応えを感じています。
笹原: 町外から視察に来た方々は、マイナンバーカードが日常的に活用される「住民カード」になっていることに驚かれます。カードをタンスの中にしまっておくのではなく、多くの人がいつも持ち歩いて有効に活用するようになっている。それは大変大きな成果です。
──データを使っての成果も出ていますか。
堀内: 「LoCoPiあさひまち」は、住民の皆さんの移動や行動をデータとして把握し、よりよい住民サービスを提供していくことも目的の一つです。実際、ノッカルの路線やダイヤ改編に活用したり、ポイント施策に活用する事例が生まれています。今後、LoCoPiポイントやあさひまちコインの利用データを分析することで、住民の皆さんの生活ニーズを把握し、朝日町全体の活性化や行政サービスの効率化など、多様な取り組みを推進していくことが可能になる見込みです。
自治体×企業連携の可能性
──このコラボレーションをこれからどう発展させていきたいとお考えですか。今後にかけるそれぞれの思いをお聞かせください。
住吉: 役場の職員が民間企業の方々と一緒のチームで長く仕事をする機会は、決して多くはありません。そのような機会をいただき、大変充実した時間を過ごすことができています。最初に博報堂の皆さんと仕事をしたとき、とても楽しそうに、前向きに仕事に取り組まれる姿に感銘を受けました。楽しく、前向きに働く。この5年の間に、その文化が役場の中にも着実に定着してきた実感があります。この文化をさらに行き渡らせて、全国自治体の先駆者として注目される取り組みを続けていきたいと思っています。
山崎: 気が付けば、私たちのコラボレーションも6年目に入りますが、やりたいこと、やるべきことはまだまだたくさんあります。可能な限りこの関係を長く続けてきたいと願っています。
公務員のチャレンジはハイリスクノーリターンであるという話が先ほどありました。経済面から見ればそのとおりですが、町民の喜び、そして仕事の喜びという大きなリターンを私たちは得ていると思っています。それこそが公務員の矜持です。これからも「喜び」というリターンのために働いていきたいですね。
笹原: これまでも、一つのテーブルの上に課題を並べ、朝日町と博報堂のそれぞれのメンバーが腹蔵のない議論を重ねる中で、新しいサービスを生み出してきました。課題に取り組む体制があり、ゆるぎない信頼関係があれば、やるべきことはシンプルです。住民の課題やニーズに愚直に向き合い、朝日町をみんなが夢をもてる町にしていくこと。それが全てです。このご縁を大切にして、シンプルに愚直に、町政を前に進めていきたい。そう考えています。
堀内: 朝日町の取り組みは、クライアントの事業やサービスを支援するという博報堂が得意としてきたモデルではなく、僕たち自身が生活者に直接向き合って、サービスをデザインし、運用していくモデルです。博報堂にとっては、生活者発想が鍛え続けられるプラットフォームでもあり、博報堂DYグループにも大きな財産になると考えています。これまでの取り組みで僕たちが学ばせていただいたたくさんのことを、今後の朝日町での活動に生かしていくことはもとより、博報堂の確かな血肉としていきたいと思います。
畠山: これまで僕たちは朝日町の皆さんと、住民サービスを開発して広める活動を続けてきました。しかし僕たちがやってきたことは、行政サービスと住民の関係を変えていく活動でもあったと言えます。
一般に、自治体の住民の皆さんにとって、行政サービスに対する関心は、自分に関係のある範囲内にとどまります。小さな子どもがいれば、子ども向けのサービスのことが気になるし、年を取れば高齢者向けサービスのことが気になる。しかし、それ以外にどのようなサービスがあるかは気にしない。それが普通です。しかし、朝日町の公共サービスは、全ての住民同士がそれぞれに関心を持ち合い、みんなが参加することでよりよいものにしていくという思想が基盤にあります。あらゆる人に行政サービスを自分事化していただき、一人一人の力で住みやすい町をともにつくっていくという意識を定着させる。そんなチャレンジをこれからも続けていきたいと思っています。
そのチャレンジの基盤となるのは、朝日町の皆さんと博報堂のパートナーシップです。博報堂が大切にしてきたパートナー主義を、この町でもっともっと進化させていくこと。それが僕たちの大きな目標です。
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