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「若年性がん」に光を ヘルスケア企業がチャリティーライブを10年、続けてこれたワケ

がん啓発音楽イベント「Remember Girl's Power!!(通称・オンコロライブ)」が9月で10回目を迎える。3Hメディソリューションは10年間、どのようにイベントを支え、豊島区との連携を経て規模を拡大してきたのか。オンコロライブ実行委員長に聞いた。

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 エムスリーグループのヘルスケア企業、3Hメディソリューション(東京都豊島区)が主催する、がん啓発音楽イベント「Remember Girl's Power!!(通称・オンコロライブ)」が9月で10回目を迎える。小児がんや15〜39歳の若年性がん、臨床試験(治験)という注目が集まりにくいテーマを、女性アーティスト中心のステージによって10年間発信し続けてきた。

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豊島区共催「Remember Girl’s Power !! 2025」は総勢80人のアーティストによる小児がん・AYA世代がん、臨床試験(治験)啓発のためのチャリティーライブ(プレスリリースより)

 2020年のコロナ禍以降、無料配信化や、2021年以降の豊島区との連携を経て、現在ではオープンスペースで開催。誰でも当日無料で観覧可能にしている。公式サイト内の視聴ページで無償配信も実施する。

 豊島区との協業と無償化に伴い、オンコロライブはイベント規模を拡大中だ。イベント自体は無償化している一方で、アーティストには出演後に特典会を開催し、売り上げの一部をバックするなどして、出演することにメリットを持たせている。

 3Hメディソリューションは10年間、どのようにイベントを支え、豊島区との連携を経て規模を拡大してきたのか。なぜ15〜39歳のがん啓発にターゲットを絞ったのか。次の10年への展望は? オンコロライブ実行委員長の柳澤昭浩さんに聞いた。

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柳澤昭浩(やなぎさわ あきひろ)18年間の外資系製薬会社勤務後、2007年1月より10期10年間に渡りNPO法人キャンサーネットジャパン理事(事務局長は8期)を務める。科学的根拠に基づくがん医療、がん疾患啓発に取り組む。2015年4月からは、メディカル・モバイル・コミュニケーションズ合同会社の代表社員として、がん情報サイト「オンコロ」コンテンツ・マネージャーなど多くの企業、学会のアドバイザーなど、がん医療に関わるさまざまなステークホルダーと連携プログラムを進める。「エンタメ×がん医療啓発」を目的とするRemember Girl’s Power !! (Remember Girl’ Power !!)などの代表(撮影:乃木章)

“不謹慎”の先にある力 エンタメだから届く患者と家族の声

――なぜ、がんの中でも訴求領域を小児がんと、15〜39歳のAYA(Adolescent and Young Adult、思春期・若年成人)世代のがんにターゲティングしているのでしょうか。

 がんの中でも、小児がん・AYA世代は罹患者数が少なく、一般的に知られていなかったこと、社会的な役割として「一隅を照らすべき社会課題」だと考えました。25歳で宣告され、軟部腫瘍を経験した鳥井大吾さん(【25歳で「がん宣告」を受けた営業マンが「働くこと」を諦めなかった理由――企業は病にどう寄り添えるのか】参照)と、肺がん経験者の社会保険労務士である清水公一さんが実行委員であったことも大きいです。

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25歳の時、軟部腫瘍に罹患した実行委員の鳥井大吾さん

 小児がんと、15〜39歳の若年性がんは、長らく政府も含め対策が十分でなかった領域です。年間の患者数は小児がんが約2500人、AYA世代が約2万人にのぼります。小児がんの親の会や患者会、AYA世代の学会なども活動していますが、一般への啓発をゴールとし、私たちはあえてそうした団体とは連携せず、独自にやってきました。

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35歳の時、肺がんステージIbと診断され、その後、再発を繰り返し、余命3カ月とも言われた清水公一さん。現在は、実行委員

――ライブエンターテインメントと病気啓発を組み合わせた大規模な取り組みは、オンコロの他にもあるのでしょうか。

 ほとんどありません。今の日本の価値観だと、病気とエンタメを結びつける発想が「不謹慎」と捉えられがちだからです。楽しさと悲しさが同居することへの抵抗感は根強いと思います。

 しかし実際には、ライブ配信を通じて「現地に行けなかったけれど配信で観られてうれしい」と、患者さんやその家族からの声も多く届きます。来場者の中にはがん経験者やご家族もいて、少しでも元気づけられるのであれば、エンタメは有効な手段だと考えています。

――これまでの9回の中で、特に印象に残っている出来事はありますか。

 2023年6月に南大塚ホールでスピンアウトとして開いたトークライブイベントで、出演した20歳前後のアーティストたちが、自分の体験や家族のことを引き合いに、がんについて自分の言葉で語ってくれたことです。中には母親の話をする子もいて、真剣にテーマと向き合ってくれていました。そうしてアーティスト自身が変化し、考えて発信する姿は大きな手応えにつながりました。

――アーティストへの理解浸透がやはり重要なのですね。

 はい。ファンや一般の方にメッセージを届けるのはもちろんですが、まずはステージに立つアーティスト自身が、趣旨を理解していることが大切です。その理解があってこそ、パフォーマンスを通じて真の意味で啓発につながると思っています。規模は大きくなくても、この点については一定の成果が出せていると感じています。

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オンコロライブ共催豊島区の前区長である故・高野之夫氏(中央)への表敬訪問

無償出演を支える協賛金の構造 黒字化より重視する持続性

――無償ライブとはいえ、完全にコストゼロというわけにはいかないと思います。出演者関連の費用はどの程度かかっているのですか。

 年にもよりますが、全体で200万〜300万円ほどかかります。これらは、実際に100人近くに及ぶ出演者まわりの交通費など実費経費などで、全て企業からの協賛金で賄っています。また、当日の募金や寄付は100%外部団体への助成に充て、イベント自体が赤字になったとしても、運営費には使用していません。

――イベント自体の収支状況はいかがでしょうか。黒字化は達成しているのでしょうか。

 現在でも黒字にはなっていません。よくて収支がトントンになる程度です。仮に黒字が出ても、その分は警備や委託業務など、内部で抱えてきた運営負担を外部に任せるための強化費用に回すつもりです。それによってイベント規模を持続的に拡大していきたいと考えています。

――アーティスト側には、出演することによる金銭的メリットもあるのですか。

 はい。ここ数年は、このイベントに付随し、寄付付き特典券を購入いただき、出演者との写真(チェキや写メ)を撮る特典会を開催しています。それらの売り上げの20%をイベントに寄付していただいています。例えば特典会の売り上げが500万円あれば、100万円が寄付に回る計算になります。アイドルライブなどでも実施される、このような機会を設けることで、出演アーティスト、参加するファン、イベント自体にメリットが生じる形にしています。

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出演者による募金活動、寄付付き特典会(チェキ撮影会)も実施している

10年目の壁と体制再設計 行政・民間との連携で次のステージへ

――チャリティーの運営は、会社経営以上に難しい側面がありますよね。

 本当に難しいと思います。会社は給与という対価で動いてもらえますが、チャリティーライブは多くが本業外の時間と労力によって成り立ちます。お金に代わる価値観とモチベーションを設計しないと持続しません。10年目以降の課題は、運営体制をどう再設計するかだと考えています。いつまでも同じ手法によって拡大していくことには、限界があると思っています。

――今後は、どのように形態を変えていきたいと考えていますか。

 豊島区との協業事例は、他の自治体にも水平展開できるのではないかと考えています。がん対策基本計画の遂行においては、豊島区に限らず、どの市区町村においても、住民へのがん啓発が重要な課題となっています。その意味で、われわれの事例は他の自治体と連携する際のモデルケースになり得ると考えています。

 もう一つの方向性として、企業を始めとしたエンターテインメント領域との連携を視野に入れることも検討できます。既存のエンタメイベントとの協働により、運営を委ねつつ、一部有料・一部無料のハイブリッド形式を取り入れることも選択肢の一つとなるでしょう。その場合、主催者にとっては行政との連携や、公共施設の活用といった利点が生まれ、われわれにとっても公共連携の窓口としての役割を担う可能性が広がります。今後も、これまでにない形での協働の在り方を模索していきたいと考えています。

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