営業1人あたり年「100時間」業務削減 ナレッジワークが生成AI活用で目指す“組織のスリム化”:なぜ「人事主導」で進めた?(1/2 ページ)
ナレッジワークでは生成AIの活用に取り組み、業務プロセスの変革や顧客接点での価値向上を実現してきました。セールス部門では1人あたり年間100時間の業務時間削減を達成するなど、大きな成果を出し、現在はAI活用で適正な人員での組織運営を実現し、少ない人数で高い成果を目指せる組織作りを強化しているといいます。
AI活用先進企業に聞く
カスタマーサクセスプラットフォームを提供するGainsightのStrategic Account Executive・弘中丈巳氏が、企業のデジタル変革とイノベーション創出の最前線に迫るインタビュー連載。AIに先進的に取り組む企業のリーダーと対話し、真の顧客価値創造とビジネス成長のヒントを探ります。
生成AIの登場によって、業務の効率化や創造性の発揮に新たな可能性が広がっています。しかし、実際に社内でどのように活用し、どのような成果を生み出していけるのか、まだ手探りの状態だという企業も少なくありません。
多くの企業でAI活用が進まない理由の一つに、「トップの明確な意思決定」の不足があります。セキュリティリスクを恐れて導入を見送ったり、部分的な試験導入にとどまったりするケースが目立つ中、成功している企業に共通するのは、経営陣が「リスクを理解した上で、AI活用に本気で取り組む」という強い意志を示していることです。
「セキュリティと利便性の両立から逃げてはいけない」「まずは新しい波に乗ってみることが大切」──そう語るのは、ナレッジワークの執行役員 VP/Revenue(ビジネス部門におけるセールスを含むレベニュー全体の責任者)・田口槙吾氏。同社はまさにトップの強い意思のもと、いち早く生成AIの活用に取り組み、業務プロセスの変革や顧客接点での価値向上を実現してきました。
同社ではこれまでに、セールス部門では1人あたり年間100時間の業務時間削減を達成するなど、大きな成果を出してきました。現在はAI活用で適正な人員での組織運営を実現し、少ない人数で高い成果を目指せる組織作りを強化しているといいます。
今回は、「臆せず挑む」スタンスで組織全体にAI活用を浸透させた田口氏に、導入のきっかけから実際の活用事例、組織浸透の工夫、そして得られた成果まで、リアルな体験談を伺いました。
最初は「自己採点30点」 全然うまくいかなかったAI活用
弘中: ナレッジワークでの生成AI導入は、いつ頃からどのような形でスタートしたのですか?
田口さん: フェーズ1と2の2ステップに分かれているのですが、まずは2024年10月に「フェーズ1」として試験的にスタートしました。2025年の1月からフェーズ2として本格的にギアを上げて進めています。
当初はAIイネーブルメント(営業支援の仕組みづくり)という文脈で自社プロダクトへのAI実装を検討していました。しかし、当時社内では十分に生成AIを活用できているという状況ではなく、「自分たちも使えていないのに顧客に提供していいのか?」というジレンマにぶつかって……。
弘中: 確かに、自社で活用していないものをお客さまに提案しても、リアルな提案にならないですよね。フェーズ1について自己採点されるとしたら、何点くらいでしょうか?
田口さん: 30点ですね……。本当にびっくりするくらい全然うまくいかなかったんです。
フェーズ1では意図的に以下2つの手法を試すというやり方を取りました。
(1)AI組み込み済みのプロダクトを導入して実践してみる
(2)生成AI専門のコンサルベンダーに頼んで構築する
結果は明暗がくっきりと分かれました。AIが組み込まれたプロダクトを使うアプローチはうまくいき、今でも活用しています。一方で、AIコンサルベンダーに相談したパターンは全くうまくいかず、発注にすら至らずという結果に終わりました。
弘中: うまくいかなかった要因はどのように分析されていますか?
田口さん: ゼロベースで構築しようと考えた際には、3つのスキルセットが必要だということを実感しました。(1)ビジネスオペレーションを構築する力、(2)AIに関する技術的+実事例をもとにした知見、(3)プロジェクトマネジメント力──です。
このうち、1つ目は自信を持っていたのですが、2つ目と3つ目の力が不足していました。
営業1人あたり年間「100時間」業務削減
田口さん: とはいえ、フェーズ1でもさまざまな成果が上がっています。それぞれの領域ごとでまとめると、次のようになります。
田口さん: インサイドセールスでは経済情報プラットフォーム「スピーダ」を活用して、活動数3.4倍、アポ数2.5倍を実現しました。事前準備にかかる情報取得、トークスクリプトのAI生成による効果です。
フィールドセールスでは自社製品・ナレッジ管理ツール「ナレッジワーク」により、1人あたり年間100時間の削減を達成。セールスステージに応じた必要な資料などコンテンツの自動共有やツールの利用方法のAIアシストによる効果ですね。
営業組織向けの管理ツール「Xactly」の導入で、セールスマネジャーの集計業務は20%削減。セールスパーソンのフォーキャストに対するAIアドバイスとAIサマリーによる効果です。
数値としては「アポイント獲得率」と「架電件数」をモニタリングしていて、どのくらい効率よく架電をすることができていて、なおかつ良質な会話ができているのかという量と質双方の数値で効果測定をしています。
なぜ「人事主導」に転換? トップが「AIで人員の適正化をする」と決めたワケ
弘中: フェーズ1とフェーズ2では何を変えたのですか?
田口さん: 明確に「AI活用で組織をスリム化し、より高い成果を目指す」という判断をして、未来の採用計画を見直しました。そこで空いた原資をAIに投資するという動きをしたのと、このタイミングでプロジェクトオーナーをHRチーム(現・Resource Management Unit)に移しました。
弊社だと人事責任者の徳田がプロジェクト全体をリードし、レベニュー領域のカウンターが私になるという変更をしてから、会社全体でAI活用に舵を切ったという空気が醸成されて一気に進んでいる感覚を持っています。
弘中: なぜ人事主導に変更したのでしょうか? その狙いを教えてください。
田口さん: AIによって仕事の効率が上がるなら、少ない人数でも同じ成果を出せるはず。それなら最初から適正人員で運営し、その予算でAIに投資した方が合理的だと考えたんです。人事が主導することで、採用計画とAI投資を一体的に考えられるようになりました。
営業部門がリードしていると、どうしても営業効率の改善という局所的な視点になりがちです。でも人事がリードすることで、会社全体の組織戦略としてAI活用を位置付けられるようになったんです。
弘中: フェーズ2ではどのような取り組みをされていますか?
田口さん: フェーズ2はHR主導で取り組みを行っているのですが、前四半期からAI Ops(Artificial intelligence for IT Operations、AIにビッグデータを学習させることで業務の自動化や効率化を促進させる手法)のグループを作っています。メンバーは、マネジャーがいて、その他にAIエンジニアの兼務メンバーやインターン生などで構成されています。
田口さん: 週に1〜2回の頻度で発行する社内報にも力を入れていて、他のチームから見た時に「なんかAIの取り組みやってるらしいぞ」で終わらせないために、どのような取り組みを進行させていて成果がどうだったかを、しっかりと共有しています。
弘中: 組織全体への浸透を意識されているんですね。
田口さん: そうですね。その他にもファーストラインマネジャーにインタビューを何度も実施して課題を正確に理解し、AIでどう解決できるかをディスカッションしたりもしています。
とにかく自然とAIソリューションがオペレーションに組み込まれて、当たり前に全員が使ってる状態を作り出すということを意識しています。関与するメンバー全員で一気に始める、AIプロダクトを利用しないと業務が回らないような設計をする、この2点が重要だと感じています。
弘中: 人事主導に変えて、何が変わりましたか? どのようなメリットがありましたか?
田口さん: 会社全体が本気でAI活用に取り組む雰囲気になり、各部署での導入が加速しました。プロジェクトオーナーをHRチームに移してから、会社全体でAI活用に舵を切ったという空気が醸成されて一気に進んでいる感覚を持っています。
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