「女性は管理職になりたがらない」は本当か? 昇進意欲を奪う、本当の理由:働き方の見取り図(2/2 ページ)
なぜ女性は管理職になりたがらないのか――。データをひも解くと「責任の重さ」や「長時間労働への懸念」だけでは説明できない、男女間の“見えない壁”が浮かんでくる。管理職不足時代に突入するいま、その解決策は「女性の問題」ではなく「働き方全体の課題」になりつつある。
家庭の制約が消えたら、女性は管理職を望む?
私が研究顧問を務める「しゅふJOB総研」が主婦層を中心とした就労志向の女性を対象に2024年9月に行った調査では、最も望ましい雇用形態としてフルタイム正社員を選んだ人の比率は9.3%でした。
しかし、もし家庭の制約がなく100%仕事のために時間を使えるとしたらどうかと尋ねたところ、フルタイム正社員の希望者は43.3%へと跳ね上がりました。
家庭の制約があるため、正社員を選ばないのではなく、選びたくても選べない女性が少なくないようです。もし女性が家庭の制約を気にせず自由に働き方を選ぶことができたら、正社員の女性比率は現在の35.6%から大きく上昇する可能性があります。
同じくしゅふJOB総研が2025年7月に行った調査では、家庭の制約が管理職の希望にも影響を与えていることが分かりました。管理職の希望を尋ねると、「希望する」24.1%に対し「希望しない」は59.6%。ところが、もし家庭の制約がなかったらと尋ねると、「希望する」が57.2%と2.3倍に跳ね上がり、「希望しない」は30.3%へと半減します。
家庭の制約が、管理職を希望しない直接的な原因にもなっているのです。また、いまは制約を受けていなかったとしても、やがて家庭の制約を受けることが推察されるならば、“行く手に見える急な上り坂”を避けるがごとく、あらかじめ回避しようとする心理が働いても無理はありません。
そんな、管理職を避けようとする女性特有の事情が、「家庭の制約があるから女性に管理職は無理だろう」と職場内で昇進判断する際にもマイナスに作用しているとしたら、役職が上がるにつれて女性比率が下がっていくのもうなずけます。
しかし、仕事に専念できるなら女性の管理職希望者は増えるのです。しゅふJOB総研の調査では、管理職希望者が2.3倍になりました。仮に現在の女性管理職比率を2.3倍してみると、15.9%の課長級は36.5%に、9.8%の部長級は22.5%になります。
もちろん、現実はこの数字通りになるほど単純ではないでしょう。しかし、家庭の制約がフルタイム正社員で働きたいという希望や、管理職になりたいという希望を抑え込み、女性の管理職比率を下げる元凶となっている可能性は否定できません。
問われているのは「管理職全体のあり方」
また、この問題にはもう一つ、隠された大きな落とし穴があります。女性管理職比率を上げるには家庭内での性別役割分業を解消し、女性に偏っている家庭の制約を減らすことが不可欠ですが、その結果として生じるのは男性側の負担増です。
家事などの「家オペレーション」の女性への偏りが解消されていくにつれ、今度は家庭の制約を受ける男性が増えることになります。そうなれば、“行く手に見える急な上り坂”を回避しようと男性がフルタイム正社員を希望しなくなったり、管理職を希望しなくなったりする可能性が出てきます。
つまり、問われているのは女性に限定された課題の解決ではなく、管理職全体のあり方ということになります。共働き時代においては、性別に関係なく家庭の制約を抱えながらでも管理職として職務を果たせるようにしていかなければ、職場は管理職の成り手を確保することが難しくなる未来像がすでに見えているのです。
在宅勤務やフレックス勤務を可能にするなど、柔軟な労働環境の整備はもちろん、権限と責任を委譲して、家庭の制約を受けながらでも管理職が管轄範囲の業務をコントロールできる体制を構築することがこれからは不可欠になっていきます。それができない職場は、性別を問わず誰も管理職になりたがらなくなってしまうかもしれません。
著者プロフィール:川上敬太郎(かわかみ・けいたろう)
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市生まれ。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者、業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員の他、経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声を調査。レポートは300本を超える。雇用労働分野に20年以上携わり、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構 非常勤監査役の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
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