国交省の「オートロック解除」騒動が炎上……ヤマトやAmazonは「すでに導入」 その仕組みとリスク:古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」
国土交通省は2025年、宅配業界共通で利用できるオートロックマンションの開錠システムの導入方針を示した。
筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO
1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務を手がける。Xはこちら。
国土交通省は2025年、宅配業界共通で利用できるオートロックマンションの開錠システムの導入方針を示した。
個人向けの宅配を効率化させ、再配達を抑制させる狙いがある。しかし、SNSを中心に安全性に疑問を投げかける意見が数多く表明され、炎上騒動にまで発展したのだ。
その一方で、すでにヤマト運輸やAmazonなどの物流大手では、オートロックを解除する仕組みを国内で導入済みであることを認識しておかなければならない。
すでに用いられている仕組みと、それに対する誤解を整理した上で、人手不足などの苦境にある物流業界にどのような影響があるのか考える。
“マスターキー”という誤解
Amazonは専用デバイスでオートロックを解錠する「Key for Business」を、ヤマト運輸はデジタルキーを利用したオートロック解除配達サービス「EAZY」を展開している。
こうした仕組みについて「配達員に全国どのマンションでも開け放題の物理的なマスターキーが渡されるのではないか」という懸念が広がっている。
しかし、これは全くの誤解である。ヤマト運輸やAmazonなどの先行事例を踏まえると、実際には物理的な鍵ではなく、配達員が所持する専用端末やスマートフォンアプリが鍵の役割を果たす、デジタル認証システムが基本となる可能性が高い。
具体的には、配達員のIDとその日その時間に配達予定となっている荷物の情報を照合する。認証が通ると、オートロックの解錠を許可する一時的なデジタルキー(ワンタイムキー)が、配達員の端末に対して発行される。
このデジタルキーは、配達員がGPSなどでマンションのエントランス付近の特定エリアにいる場合にのみ有効で、かつ解錠できる時間も数分程度に限定されることが一般的だ。
誰が、いつ、どのエントランスにアクセスしたかという記録(アクセスログ)は全てサーバに保存され、追跡が可能となっている。つまり、一本であらゆる扉を開けられる万能なマスターキーとは全く異なり、特定の条件下でのみ特定のマンションのオートロックを解除するという仕組みなのである。
それでも悪意のある配達員は、自身の配達シフトが被る日程に合わせてターゲットに荷物を送り、通常の手順でオートロックを解除することで侵入することも想定できる。
しかし、そのような手の込んだことをわざわざしなくても、住人が解錠するタイミングで侵入することは、現状すでに可能だ。オートロックの安全性とはその程度にすぎないことを、まずは認識しておく必要があるだろう。
オートロック解除は”既定路線”
Amazonやヤマト運輸の動きを受けて、佐川急便や日本郵便などの物流各社も同様のサービスに対応する動きを見せている。しかし、各社のシステム規格がバラバラになると、玄関に大量の電子機器が配置され、その分だけセキュリティの懸念は大きくなる。また、業者によって配達員が入れるマンションと入れないマンションが混在し、業界全体の削減効果が見込めないことも大きな障壁なのだ。
そこで国交省が乱立する規格を統一し、どの宅配業者でも利用できるオープンなプラットフォームを構築することで、業界全体の効率化を図ろうとした。これがたまたまSNS利用者の目について、センセーショナルに拡散したという経緯なのだ。
事情を知る者からすればなぜ今さら炎上したのか不思議だという声も見られるが、SNSを中心とした炎上騒動で今もかき消されている。
“年間4000億円超”? 再配達の見えざるコスト
国交省が問題を提起する背景には、ECサイト普及の副作用ともいうべき、再配達問題が挙げられる。
2024年10月の国交省の調査によれば、宅配便の再配達率は約10.2%に上る。2023年度の宅配便取扱個数である約50億個を基に計算すると、実に年間5億個以上の荷物が再配達に回っていることになる。
同省の過去の推計によれば、再配達には年間で約1億8000時間が費やされている。再配達にかかるトラックドライバーの人件費や燃料代を1時間当たり2500円と仮定すれば、実に年間4500億円もの「再配達コスト」が発生していることになる。
加えて、2024年4月からトラックドライバーの時間外労働に上限規制が適用された、いわゆる「物流の2024年問題」の余波は2025年現在も継続し、1人当たりの物流能力の限界値が押し下げられている。その結果、宅配サービスは断続的に値上げされてきており、消費者自身に跳ね返ってきているのだ。
国交省がシステムの「共通化」を急ぐ背景には、こうした特定企業による物流インフラの寡占化への警戒感も透けて見える。国内企業が連携してオープンなプラットフォームを構築できれば、Amazonへの対抗軸となり得る。しかし、これまで激しい競争を繰り広げてきたライバル企業同士が、迅速に足並みをそろえられるかは不透明だ。
今回の国交省の指針は、セキュリティという聖域に踏み込むリスクを伴う一方で、硬直化した物流システムを再生させる好機でもあるだろう。過去の常識や業界の垣根を取り払い、デジタル時代の安全な新たな物流インフラを日本主導で構築できるのか。
ラストワンマイルを巡る試行錯誤の行方に注目が集まる。
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