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AI研修は「対症療法」に過ぎない 変化を乗り切る「動的」な人材計画とは?AI・DX時代に“勝てる組織”(2/2 ページ)

企業の競争力がAIによって左右される時代。て「取りあえずeラーニングを導入しよう」「はやりの研修を整備しよう」といった対症療法的な施策に終始してはいないでしょうか。

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ステップ2:As-is(現状)を可視化する

 次に、ステップ1で定めた分類に基づき、現状の人員数や構成、質を把握します。

量の可視化

 各人材群に何人所属しているか、年齢構成や人件費はどうか、といった定量データを整理します。

質の可視化

 ここが特に重要です。特にDX人材のような専門職では、単なる所属部署だけでは質を測れません。

 ある金融機関の事例では、デジタル人材のレベルを定義するに当たり、以下の3つの観点から多角的なアセスメントを実施しました。

  • 1.成果・実績:プロジェクトでの貢献度や、業務効率化の実績など
  • 2.知識・スキル:ロールごとに求められる専門知識や資格の保有状況
  • 3.マインド・スタンス:変化への適応力や、顧客・ユーザーへの共感といった行動特性

 このように、量と質の両面から現状を客観的に把握することが、精度の高いギャップ分析の土台となります。

ステップ3:To-be(あるべき姿)を策定する

 中期経営計画や事業戦略に基づき、3〜5年後の「あるべき人材構成」を描きます。

 ある産業機械メーカーは、「モノ売り」(機械本体の販売)から「コト売り」(IoTを活用した保守・コンサルティングサービス)への事業転換を掲げました。これに伴い、人材ポートフォリオのTo-beとして、以下のようなシフトを計画しました。

  • 減らすべき人材:従来の製造・開発部門の一部
  • 増やすべき人材:顧客の課題を解決するコンサルティング営業、保守・運用を担うサービスエンジニア

 To-beの人数は、事業計画上の売上目標や新規契約数などから逆算して設定します。「コンサル営業1人当たりの年間顧客対応件数」を想定し、目標達成に必要な人数を算出する、といった具合です。

ステップ4:ギャップ分析と施策立案

 As-is(現状)とTo-be(あるべき姿)を比較し、その差分(ギャップ)を特定します。そして、そのギャップを埋めるための具体的な打ち手を、複数の選択肢を組み合わせて計画します。

  • 採用:外部から即戦力を獲得する
    • 例:中途採用
  • 育成(リスキリング):既存社員のスキルを転換・向上させる
    • 例:製造職から保守エンジニアへの研修
  • 配置:最適な部署へ異動させる
    • 例:社内公募制度の活用
  • 外部活用:不足する機能を外部パートナーやBPOで補う

 重要なのは、これらの施策を個別に打つのではなく、ポートフォリオ上のギャップを埋めるという一貫した目的の下で、体系的に実行することです。

スキルベースへの進化と、これからの人材ポートフォリオ

 近年、人材ポートフォリオの考え方はさらに進化しています。そのキーワードが「スキルベース組織」です。

 これは、従来の「職務」(ジョブ)や「役職」ではなく、個人が持つ「スキル」を最小単位として人材を捉え、仕事(プロジェクトやタスク)が必要とするスキルと動的にマッチングさせていく組織の在り方です。

 硬直的なジョブ型では、ビジネス環境の変化にスキルの陳腐化が追いつかないという課題がありました。スキルベース組織では、仕事と人をスキル単位に分解することで、より柔軟でアジリティ(機敏性)の高い人材配置が可能になります。

 このトレンドは、人材ポートフォリオにも大きな変化をもたらします。

観点 従来の人材ポートフォリオ スキルベース時代の人材ポートフォリオ
単位 評価・経験がベース(例:管理職候補) スキル・習熟度がベース(例:AI分析スキルLv3)
粒度 荒いメッシュ(例:XX人材をXX人) 細かいメッシュ(例:デザイン思考スキルLv4を50人)
更新頻度 年間・半期など定期的 リアルタイム(例:研修修了や資格取得で即時反映)

 スキルを軸にすることで、ポートフォリオはよりきめ細かく、リアルタイムなものへと進化します。

 これにより「このプロジェクトには、どのスキルを持つ人材が何人必要か」という問いに即座に答えられるようになり、リスキリング投資のROI(投資対効果)も格段に向上します。

成功の鍵は「運用」にあり──形骸化させないためには

 どんなに精緻な人材ポートフォリオを策定しても、それが活用されなければ意味がありません。「作って終わり」の絵に描いた餅にしないためには、運用面の工夫が不可欠です。

 多くの企業が陥りがちな問題として、以下のようなものが挙げられます。

  • データ収集・管理が複雑化しすぎる
  • 人事部門主導で押し付けになり、現場部門が当事者意識を持てない
  • 分析やレポート作成が目的化し、実際のアクションにつながらない

 これらのわなを避け、ポートフォリオを組織に根付かせるためには、以下の6つのポイントが重要です。

1.シンプルに始める

 最初から完璧を目指さず、既存の人事情報に少しの要素(例:主要スキル、キャリア志向)を加える程度からスモールスタートする。

2.PoC(実証実験)から始める

 全社一斉導入ではなく、特定の部門や人材群(例:デジタル人材)を対象に小さく始め、成功体験を積みながら横展開する。

3.部門を巻き込む

 「このデータを使えば、要員補充の要求がスムーズになる」など、現場部門にとっての具体的なメリットを示す。

4.利用と改善のサイクルを回す

 事業計画の策定時や配置検討会議など、ポートフォリオを「必ず使う場」を設ける。

5.人材マネジメントと連動させる

 採用、配置、育成、評価といった人事の各サイクルとポートフォリオを一体で運用する。

6.データ基盤を整備する

 タレントマネジメントシステムなどを活用し、データ入力や集計を自動化・効率化することで、運用の負荷を軽減する。

 DX・AI時代において、企業の持続的な成長は、事業戦略と人材戦略をいかにダイナミックに連携させられるかにかかっています。動的人材ポートフォリオは、その実現に向けた強力な武器となります。

 それは、一度作れば完成する地図ではなく、変化する目的地に合わせて常に更新し続けるべき「航海図」のようなものです。自社の現状を可視化し、あるべき姿を描き、そこへ向かうための航路を定める。そして、航海の途中でも、外部環境の変化に応じて柔軟に航路を修正していく──この終わりなき旅を続ける仕組みこそが、これからの時代を生き抜く組織の条件と言えるでしょう。

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