メルカリ、タイミーに敗北 スキマバイト事業から1年半で「スピード撤退」、そのワケは:古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」
フリマアプリ最大手のメルカリが、スキマバイトサービス「メルカリ ハロ」を12月18日をもって終了すると発表した。判断の裏には、単なる一事業の成否を超えた、日本の労働市場が抱える構造的な課題と、メルカリ自身の経営戦略との深い断絶が見え隠れする。撤退劇を多角的に分析し、その核心に迫る。
筆者プロフィール:古田拓也 株式会社X Capital 1級FP技能士
FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックスタートアップにて金融商品取引業者の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、広告DX会社を創業。サム・アルトマン氏創立のWorld財団における日本コミュニティスペシャリストを経てX Capital株式会社へ参画。
10月14日、フリマアプリ最大手のメルカリが、スキマバイトサービス「メルカリ ハロ」を12月18日をもって終了すると発表した。2024年3月のサービス開始から、1年半程度での幕引きである。
月間2000万人超が利用する巨大なフリマ顧客基盤を武器に、鳴り物入りで参入した巨人の早すぎる撤退は、急成長を続けるスポットワーク市場の光と影を浮き彫りにした。
メルカリは撤退の理由を「市場環境の変化やサービスの利用状況などから総合的に判断した」と説明するにとどめている。しかし、その言葉の裏には、単なる一事業の成否を超えた、日本の労働市場が抱える構造的な課題と、メルカリ自身の経営戦略との深い断絶が見え隠れする。本稿では、メルカリ ハロの撤退劇を多角的に分析し、その核心に迫る。
期待された船出、見えなかった勝算
メルカリ ハロは、「だれでも、すぐに、かんたんに」働けるというコンセプトを掲げ、メルカリの既存ユーザーを労働力の担い手として取り込む戦略を描いていた。面接や履歴書は不要で、メルカリIDと本人確認情報があれば即座に応募できる手軽さは、先行する「タイミー」に対する競合優位性を強く意識したものであった。
矢野経済研究所の調査によれば、国内のスポットワーク仲介サービス市場は2024年度に1100億円規模に達し、前年度比32.5%増と驚異的な成長を遂げている。深刻な人手不足にあえぐ企業と、物価高騰の中で少しでも収入を増やしたい個人のニーズが合致し、市場は拡大の一途をたどっていたからだ。
しかし、競争環境はメルカリの想定以上に過酷だった。最大手のタイミーは登録ワーカー数1000万人以上を誇り、高い稼働率と企業との強固な関係性を築いている。
後発のメルカリ ハロがこの牙城を崩すには、圧倒的な差別化要因が必要だったが、手数料無料といった戦術だけでは、先行者の築いたネットワーク効果を覆すには至らなかった。
これらの点については、2024年6月に「メルカリとリクルートはタイミーの牙城を崩せない、これだけの理由」 で言及していた通りだ。
今回は、その他の観点からメルカリ ハロが撤退に至った背景を深掘りしていきたい。
“ガラパゴス的”スキマバイトとグローバル戦略との乖離
今回の撤退を解き明かす鍵は、メルカリが近年推し進める「グローバル展開」にあると考えられる。
同社は中期経営戦略の柱として海外展開を掲げ、2019年から越境EC事業を本格化させている。その狙いは、日本のフリマ市場というドメスティックな領域を超え、世界的なマーケットプレースへと飛躍することにある。
この壮大なビジョンとスポットワーク事業との間には、埋めがたい溝が存在した。
スポットワークという働き方は、終身雇用を前提とした硬直的な労働市場を持つ日本において、その「スキマ」を埋める形で急速に普及した、極めて日本的なビジネスモデルである。
一方、ギグエコノミーが先行する欧米諸国では、このようなスキマを埋める主体は「個人事業主」としての意識が強く、専門スキルを持つフリーランサーが比較的高単価の仕事を請け負う形態が主流である。
日本のスポットワークに多い軽作業中心のモデルは、海外では低賃金労働と見なされやすく、労働法規や労働組合との兼ね合いから事業展開が容易ではない。
つまり、メルカリ ハロは、メルカリ本体が目指すグローバルなスケールが見込めない、国内限定の「ガラパゴス」な事業だったのである。
世界中の「価値」を循環させることをミッションに掲げるメルカリにとって、国内労働市場の歪みを前提とした事業に経営資源を投下し続けることは、長期的な成長戦略と明らかに矛盾する。
今回の撤退は、単なる業績不振ではなく、グローバル企業へと脱皮を図るメルカリの、戦略的な「損切り」であったと見るべきだろう。
労働集約型ビジネスの宿命とブランドリスク
もう一つの根深い問題は、スポットワークが内包する「労働の質」を巡る課題だ。スポットワークは、企業にとっては必要な時だけ安価に労働力を確保できるメリットがある。しかし、働き手にとっては、スキルが蓄積されにくく、キャリア形成につながりにくいという側面を持つ。
連合の調査によれば、スポットワーク経験者のトラブルとして「仕事内容が求人情報と違った」「業務に関して十分な指示や教育がなかった」などが上位に挙がっている。こうしたトラブルは、プラットフォーマーのブランドイメージを毀(き)損するリスクと隣り合わせだ。
メルカリは創業以来「安心・安全な取引」の実現を最重要課題の一つとして掲げ、テクノロジーを駆使して信頼性の高いプラットフォーム構築に努めてきた。
しかし、スポットワークの現場で起こる労務トラブルは、フリマアプリ上の取り引き以上に、プラットフォーマーが直接コントロールすることが極めて難しい。
労働基準法の順守や最低賃金の確保といった基本的なルールは適用されるものの、現場での労働環境の質まで担保することは困難を極める。
万が一、悪質な求人によるトラブルや事故が発生した場合、メルカリ本体のブランドに傷がつくことは避けられない。テクノロジーを軸にクリーンなイメージを築き上げてきたメルカリにとって、属人的な要素が多く、潜在的なリスクが高い労働集約型のビジネスは、本業との親和性が低かったと言わざるを得ない。
残された課題と日本の労働市場の未来
メルカリ ハロの撤退は、成長市場における一つの企業の経営判断に過ぎない。しかし、その背後には、日本の労働市場が直面する構造的な課題が横たわっている。
日雇い派遣が原則禁止されている中で、企業と個人が直接契約するスポットワークは、その代替として機能してきた側面がある。しかし、働き手の安全確保や社会保障制度との連携など、法整備が追い付いていない点も多い。
残されたタイミーをはじめとしたプラットフォーマー各社には、単に働き手と企業をマッチングさせるだけでなく、働き手のキャリア形成支援や、より安全な労働環境の整備といった社会的責任が求められるようになるだろう。
今回の撤退劇は、日本の労働市場が新たな変革期を迎えていることの証左である。企業は目先の労働力確保だけでなく、持続可能な人材活用戦略を構築する必要に迫られている。そして、働き手もまた、自らのキャリアをいかに主体的に形成していくかを問われている。メルカリ ハロが鳴らした警鐘は、日本の未来を考える上で、重い意味を持っている。
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