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DXを加速する製薬業界の挑戦 「あたまの健康度」判定アプリの実力は?

塩野義製薬はライフサイエンスAI事業などを手掛けるFRONTEOと共同で、会話から「あたまの健康度」を判定するWebアプリ「トークラボKIBIT」をローンチした。DX推進本部長を務める三春洋介氏と、FRONTEO取締役/CSOの豊柴博義氏に展望を聞いた。

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 世界でも突出した超高齢社会を迎えた日本で、認知症は「国民病」とも呼ばれる深刻な課題だ。日本国内における高齢者が総人口に占める割合は、2025年は75歳以上が約18%、2040年には65歳以上が約35%と見込まれている(厚生労働省「我が国の人口について」より)。

 こうした中、塩野義製薬はライフサイエンスAI事業などを手掛けるFRONTEOと共同で、会話から「あたまの健康度」を判定するWebアプリ「トークラボKIBIT」をローンチした。医療機器ではないため疾病の診断はできないものの、10月から日本生命の認知症保険付帯サービスとして提供している。生活者のセルフチェックを通じて健康意識を高めるとともに、製薬業界のDXを加速させる構えだ。

 塩野義製薬でDX推進本部長を務める三春洋介氏と、FRONTEO取締役/CSO(Chief Science Officer)の豊柴博義氏に展望を聞いた。


三春洋介(みはる・ようすけ)塩野義製薬執行役員DX推進本部長。北海道室蘭市生まれ。北海道大学大学院農学研究科卒業後、塩野義製薬に入社。MRとして北海道/秋田/青森を担当した後、経営企画、国内外マーケティング、新規事業開発に従事し、現在はDX推進/IT/データサイエンス/新規事業開発を統括している。2024年より日本デジタルヘルスアライアンス協会(JaDHA)会長

豊柴博義(とよしば・ひろよし)FRONTEO取締役/CSO(Chief Science Officer)。早稲田大学で博士号取得後、NIEHSや国立環境研究所で統計解析や疫学研究に従事。2006年に武田薬品工業入社後は、バイオインフォマティクスやバイオマーカー探索に携わり、グローバル部門の責任者などを歴任。2017年FRONTEO入社、2024年に取締役、2025年CSO就任。ライフサイエンスAI事業を牽引(けんいん)

AI解析による会話型の「あたまの健康度」判定 トークラボKIBITとは?

 「あたまの健康度」判定アプリである「トークラボKIBIT」は、FRONTEOが開発した特化型AI「KIBIT」(キビット)の自然言語処理技術を用いている。会話の中の単語や文章の関係性、特徴を解析し、判定結果を提示。判定結果に基づきユーザーに行動変容を促すメッセージや、生活習慣の改善につながる情報を提供する。

 塩野義製薬の三春氏は「治療薬が世に出ても、患者が早期に受診しなければ効果は発揮できません。会話型AIによる健康意識向上は、そのきっかけをつくる重要なソリューションです」と説明する。

 認知症の治療には早期発見が重要だ。予防や早期発見が日常化すれば、生活習慣の改善を促し、結果として患者本人や家族の負担を軽減することにもなる。

 同アプリは、会話データから「あたまの健康度」を判定する。あたまの健康度とは、記憶力や言葉を理解する力、状況や話している内容を理解する力などを総合的な指標としてスコア化したものを指す。

 生活者が日常会話を通じて簡単に利用できる健康度セルフチェックツールとして、自身の状態を日常的に把握。健康に関する意識向上を促し、生活習慣改善や健康寿命の延伸に貢献することを目的としている。


「トークラボKIBIT」は、FRONTEOが開発した特化型AI「KIBIT」の自然言語処理技術を用いて、会話の中の単語や文章の関係性や特徴を解析し判定結果を提示する(以下プレスリリースより)

「偶然の発見」を模倣するAI トークラボKIBITの強み

 同アプリは、従来の生成AIの仕組みとは、一線を画す。ChatGPTのような生成AIが「連続的な文脈のつなぎ」を得意とするのに対し、KIBITは人間の「ひらめき」に近い非連続的発想をアルゴリズムで再現する。

 開発者であるFRONTEOの豊柴CSOは「人間の発想は、あるものに付随するさまざまな情報が合致した時に、新しい発見につながります。われわれのアルゴリズムはそのような偶然性を人工的に起こさせ、新たな発見を促します」と話す。

 その上で、ツールの特性を次のように説明する。

 「専門家が新しい発見に至るときには、偶然性が重要な役割を果たします。KIBITは、まさにその“偶然の飛躍”をアルゴリズムで再現しようとしているのです」

 実際、同社の技術は認知症分野でも大きな可能性を見せている。トークラボKIBITとは別に、医療機関において保険診療で医師による認知症診断をサポートする医療機器も開発中だ。従来の認知機能検査は記憶を頼りに「対策」できるため、精度に限界があった。

 一方KIBITは、会話の内容自体ではなく「情報密度」に着目。時間・場所・人物といった要素がどれだけ含まれているかを客観的に評価する。これにより定量化することで血圧や血糖値のように客観的に評価することが可能となるのだ。

 生活の場での使用を想定しているトークラボKIBITは、スマートフォンで即時利用が可能。アプリのダウンロードは不要とし、ブラウザ上でのAIとの会話を通じて即時判定ができるようにした。


利用イメージ

非連続的発想が切り拓く未来

 豊柴氏は「非連続的発想」がもたらす可能性を強調した。単なるAI技術の革新にとどまらず、日本社会全体のDXを進める上でのヒントを含んでいるようだ。

 「生成AIは確率の高いものを予測するため、革新的なブレークスルーを起こすのは難しいと考えています。専門家が求めるような新しい発見には、われわれのような非連続的なアプローチが必要です。一般的な用途や業務課題の解決に生成AIは役立ちますし、普及すると思いますが、専門的な分野での浸透はまだ難しいでしょう」

 情報の価値を再認識し、医療データを積極的に活用する文化が根付けば、AIは診断支援から創薬、新たな保険ビジネスに至るまで幅広い領域でブレークスルーを生み出す可能性を秘める。

 その挑戦は、認知症という国民的課題の解決だけでなく、日本社会全体のヘルスケアの在り方を根本から変えるかもしれない。


トークラボKIBITの仕組み

製薬業界DXの課題と塩野義製薬の取り組み

 三春氏は「製薬産業に共通して、医薬品の承認取得には膨大なプロセスとドキュメンテーションが必要」だと語る。製薬業界におけるDX推進は、多くの企業が直面する難題なのだ。

 特に、承認プロセスの複雑さや膨大なドキュメンテーション業務は非効率の温床となっている。塩野義製薬ではこれらを効率化する自動化ツールを開発し、一部は外販も開始した。臨床試験やリアルワールドデータ解析の省力化を進め、業界全体の非競争領域の効率化を図っている。

 しかし同時に、ドラッグラグ(海外承認薬が国内で利用できるまでの遅れ)やドラッグロス(薬が日本市場から撤退する問題)といった制度的課題については、製薬企業だけでなく規制当局側のDX推進も不可欠であると指摘する。

 AIの進化によって、これまで不可能だった新しい価値提供が実現しつつある。塩野義製薬にとって「トークラボKIBIT」は単なる先進性のアピールにとどまらず、持続的に展開可能なビジネスであり、社会課題解決と利益創出を両立する取り組みだ。

 超高齢社会に直面する中で、AIは医療と社会の未来を切り拓く存在となり得る。認知症をはじめとする社会課題の解決に向け、製薬企業がどのように変革を遂げるのか。その答えの一つが、今回のアプリで示されるかもしれない。

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