モームリ家宅捜索……退職代行は「消えるべき業種」か?:古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」
退職代行「モームリ」を運営するアルバトロスに家宅捜索が入った。「退職代行のようなグレービジネスは淘汰(とうた)されてしかるべき」という論調も目立つが、一方で、その需要やイノベーティブな側面は無視できない。
筆者プロフィール:古田拓也 株式会社X Capital 1級FP技能士
FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックスタートアップにて金融商品取引業者の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、広告DX会社を創業。サム・アルトマン氏創立のWorld財団における日本コミュニティスペシャリストを経てX Capital株式会社へ参画。
10月22日、退職代行「モームリ」を運営するアルバトロスに家宅捜索が入った。
同社はこれまでにのべ4万人以上の利用者を退職に導いてきたが、その名声は大きく分断されている。
スタートアップ業界においては一部企業における「退職の難しさ」を世の中に示したとして、その影響力や注目度から時代の寵(ちょう)児とされる反面、ちまたでは「最近の若者は退職することすら自分で言えないのか」といった世代批判も目立つ。
今回のニュースを受けて、SNSでは「退職代行のようなグレービジネスは淘汰(とうた)されてしかるべき」という論調も目立つ。一方で、その需要やイノベーティブな側面は無視できない。グレーであるとはいえ、新たに盛り上がっている市場を衰退させてしまって良いのだろうか。
市場は急成長……無視すべきでないその影響
同社にはこの度、「非弁行為」(非弁提携)の容疑がかかった。今回の家宅捜索はモームリのメイン業務である「退職の告知」に関するものではない。告知では解決せず、弁護士の独占業務である「退職交渉」領域について、弁護士に報酬付きで案件をあっせんしたという疑いだ。
このようなキックバック付きの紹介を行うことが禁止されているのは、企業側が労働者を真に救済するのではなく、単なる営利目的の「案件ブローカー」に発展する危険性があるというのが理由だ。そのため、金銭以外の実質的な報酬なども含めて完全に無報酬であれば合法であったが、今回はそうではなかったようだ。
そもそも、退職代行市場はなぜこれほど急成長したのか。その背景には、パワーハラスメントの横行、人手不足による不当な引き止め、そして対話を拒否する機能不全の職場という、日本特有の根深い労働問題が存在する。
2024年10月に公表されたマイナビによる退職代行サービスに関する調査レポートでは、直近1年間に転職した人のうち16.6%が退職代行サービスを利用していたという。
職種別では営業職がトップで、転職者のうち37.8%が利用意向がある。プレッシャーの強い環境下において退職代行需要がある様子がうかがえる。
「モームリ」をはじめとする民間企業は、この切実な社会的需要に対し、低価格と手軽さというスタートアップならではの機動性で応えていた。
サービスのコンセプトが「好き」か「嫌い」かは置いておいて、少なくとも弁護士や労働組合のような既存の法的枠組みでは救いきれなかった層の退職を成功させているという点を捉えれば、モームリなどの退職代行が切り開いた市場は紛れもないイノベーションの側面があったと言えるだろう。
YouTube黎明期に学ぶ「清濁併呑」の進化
ここで想起されるのは、いまや巨大な経済圏を築いたYouTubeの黎明期だ。2000年代半ば、YouTubeが爆発的に普及した背景には、著作権を無視した違法アップロードのアニメ、映画、テレビ番組であふれていた。これは「グレー」というよりは間違いなく「ブラック」だった。
もし当時、規制当局が「違法行為を助長しているプラットフォーム」であるとしてYouTubeを完全にたたきつぶすことを選択していたら、現在のクリエイターエコノミーや、企業・メディアが公式コンテンツを配信する巨大な動画インフラは生まれ得なかっただろう。
YouTubeは米Googleによる買収後、法的な追及と並行して「進化」した。Content IDという革新的な技術を導入し、音源や映像に対する権利者とのレベニューシェアモデルを構築した。動画プラットフォームの利便性と違法な需要という清濁を合わせのみ、それをクリーンなビジネスモデルへと昇華させ、今日の巨大市場のトップに君臨している。
モームリは生まれ変われるか
この視座を「モームリ」事件に当てはめてみる。
退職代行サービスが果たした「清」は、劣悪な職場環境に苦しむ労働者に対し、低コストで迅速な「退職の自由」を行使する手段を提供した点にある。これは社会的に評価されるべき便益である。
ここでわれわれが学ぶべきは、YouTubeがたどった道筋ではないだろうか。初期のイノベーションが持つ「カオス」や「グレー」な側面を一方的に否定するだけでなく、そのサービスが果たそうとした社会的便益は正当に評価し、育てることが重要なのではないか。
一方で「モームリ」が問われている「濁」、非弁提携の疑いは、明確に一線を越えている。退職代行業者は、司法試験を突破した弁護士の水準とは異なる部分で勝負している以上、初めから違法だと分かって取り組むような悪徳な業者が続々と参入し、不適切な交渉を行った結果、本来労働者が得られるはずだった未払い残業代や慰謝料を請求する権利をも失ってしまう事態に発展するリスクはある。
この「信賞必罰」のスタンスこそが、硬直化した日本社会にイノベーションを起こすために不可欠な姿勢である。
今回の家宅捜索は、退職代行業界の終わりを告げる鐘ではない。むしろ、業界の健全化に向けた始まりと捉えるべきだ。
退職代行業界も「法的グレーゾーン」という負債を一括で精算するタイミングであろう。今後は、労働組合運営のサービスや、弁護士事務所による正規のサービスと市場の覇権を争い、退職代行業界も淘汰と再編が進むと考えられる。
退職代行という良くも悪くも“社会派”のビジネスが、法的な清算を経て、いかにクリーンで持続可能なモデルへと変革を遂げられるのか。日本社会のイノベーションの受容性が、今まさに試されている。
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