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日本円ステーブルコインは“イバラの道”? JPYCが乗り越えるべき2つの壁古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」

日本円に価値が連動するステーブルコイン「JPYC」が、2023年の改正資金決済法のもと「電子決済手段」として国内で初めて正式に承認された。「安全なデジタル円」の誕生として国内市場の期待を集めている。しかし、この船出を冷静に観察すると、グローバルなデジタル資産市場の力学が浮かび上がる。

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筆者プロフィール:古田拓也 株式会社X Capital 1級FP技能士

FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックスタートアップにて金融商品取引業者の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、広告DX会社を創業。サム・アルトマン氏創立のWorld財団における日本コミュニティスペシャリストを経てX Capital株式会社へ参画。


 デジタル金融の世界で、日本が新たな一歩を踏み出した。

 日本円に価値が連動するステーブルコイン「JPYC」が、2023年の改正資金決済法のもと「電子決済手段」として国内で初めて正式に承認された。1JPYC=1円での償還が法的に保証され、発行体である民間企業のJPYC(東京都千代田区)は、発行量を上回る101%の供託を実施している。

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日本円に価値が連動するステーブルコインが、国内で初承認された(JPYCのプレスリリースより)

 信頼できる決済手段の確保という点で重要なマイルストーンであり、「安全なデジタル円」の誕生として国内市場の期待を集めている。しかし、この船出を冷静に観察すると、グローバルなデジタル資産市場の力学が浮かび上がる。

米ドル一強のステーブルコイン市場 JPYCの戦略は?

 JPYCのロゴや命名規則は、世界的なステーブルコイン市場の覇権を争う米Cicle「USDC」や「EURC」のロゴとコンセプトにおいてよく似ている。通常、スタートアップが業界の巨人とこれほど似た意匠を用いれば、市場での混乱を招くとして非難の対象となっても不思議ではない。

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JPYCのロゴ(JPYCのプレスリリースより)

 だが、現実はその逆である。当時、CircleはJPYCを非難するどころか、JPYCのシリーズAラウンドからの投資家として名乗りをあげるという事実上の“事後承認”を行った。Circleのジェレミー・アレールCEOは当時、JPYCに対してCircle Venturesが求めている革新性と粘り強さを有している旨の好意的なコメントも発表している。

 これにより、両者が「競争」関係にあるのではなく、グローバルなデジタル資産市場における「戦略的協調」と「すみ分け」を選択したことが示されたのだ。

 ここでグローバルなステーブルコイン市場に目を移すと、現状はUSDCやUSDTを始めとした「米ドル一強」状態である。

 DeFi(分散型金融)の流動性、取引所の基軸通貨ペア、裏付け資産の利ザヤ幅の全てにおいてドルが最も効率的な通貨であり、合計の発行額は2500億ドル。日本円にして40兆円近い額であり、ドル一強で安定している。

 そう考えると、CircleにとってのJPYCは、自社の米ドル覇権を脅かす存在ではなく、むしろ日本の厳格な法規制下にある「円経済圏」と、自社が主導するグローバルな「米ドル経済圏」とをつなぐ、重要な「ゲートウェイ」(玄関口)として機能する戦略的パートナー候補であると考えた可能性がある。

 JPYC側も、国債の運用益の他にUSDCなど他ステーブルコインとの交換手数料なども収益源の一つとして想定しており、相互の利害関係も一致しやすかった。

 しかし、JPYCがこの「ゲートウェイ」および「国内決済手段」としての中核的役割を果たし、成長軌道を描くためには、乗り越えなければならない「3つの課題」が存在する。

DeFiとの断絶

 JPYCが直面する第一の課題は、その法的な位置付けそのものにある。JPYCは「暗号資産」ではなく、あくまで既存の送金・決済サービスの延長線上にある「電子決済手段」として分類された。この日本独自の規制アプローチが、グローバルなDeFiエコシステムとの間に深刻な断絶を生み出している。

 DeFiが存在感を高めてきた背景には、KYC(本人確認)を介さずに利用できる透明性が高いスマートコントラクトと、中央集権的な主体による検閲への耐性がある。

 しかし、日本の金融当局は、マネー・ロンダリング対策を強く要求している。具体的には、KYC未済などの一定ウォレットへ移転を停止できる、いわゆるブラックリストのような機能を講じることを求めている。

 これは、非中央集権という触れ込みでありながら、実際には、国などの中央集権的な主体によって凍結されるリスクを内包することにつながる。これはDeFiの思想に対して重大なリスク要因となる。

 これは“価値観”の異なる暗号資産のマーケットにおいて主要な担保資産や流動性資産として受け入れられることを困難たらしめる制約だ。

 ちなみに、米ドルステーブルコイン「USDC」は、SBI VCトレードのような国内の正規暗号資産交換業者で、日本円から直接かつ容易に購入できるようになった。皮肉にも国内での普及においては、パートナーであるUSDCが先行している状況である。

収益性は逆ザヤ?

 JPYCが乗り越えるべき第二の課題は、そのビジネスモデルの根本的な脆弱性、すなわち「収益性の欠如」である。

 ステーブルコイン発行事業の主な収益源は、発行額と同額に積み立てる「準備資産」の運用益である。ここで、JPYCと米ドルステーブルコインの間には、大きな内外金利差が存在する。

 USDCやUSDTの発行体は、歴史的な高金利の恩恵を一身に受けている。

 準備資産の大半を占める米国短期国債(T-bills)は高い利回りを提供し、彼らは年間数十億ドル(数千億円)規模の莫大な運用益を自動的に手にしている。この潤沢なキャッシュフローが、彼らの技術開発とグローバルな市場拡大競争を支える強力な武器となっている。

 翻ってJPYCはどうか。その準備資産は、当然ながら「日本円預金、日本国債」である。

 「JPYCも米国債で運用すればいいのではないか」という意見もあるだろうが、ステーブルコインの裏付け資産は、あくまでその国の信用リスクとひも付いているべきという不文律がある。ここの連動性がなければ、日本国が破綻してもJPYCが残ったり、日本国が破綻していないのにJPYCが破綻するという現象が起き得るためだ。

 この点について、日本銀行が長きにわたるマイナス金利政策を解除したとはいえ、依然として短期国債の金利は0.9%台と諸外国の金利よりも大幅に低い。足元の金利環境下では、人件費や運用コストを差し引いたJPYCの準備資産から得られる運用益は限りなくゼロに近いというわけだ。

 資金決済法は、利用者保護のため、発行残高に応じた履行保証金を法務局へ「供託」することを原則として義務付けている。

 資金移動業者はこの供託を回避するスキームとして、銀行などと「履行保証金保全契約」(保証)を締結することが認められている。しかし、この場合は発行体は「保証料」を金融機関に支払う必要がある。

 そして、保証料は市中金利に金融機関の利益を載せて発行体に請求されることから、現状は運用益を大幅に上回る保証料がかかるという逆ザヤ状態に陥っていると考えられる。

 JPYCは「ほぼゼロの運用益」の中から、この重い保証料や、厳格な規制順守のためのシステム維持費、監査コストを捻出しなければならない。

 ただし、JPYCという企業が万が一破綻したとしても、ステーブルコインのJPYC自体は供託制度により残高にかかわらず保全されることは理解しておきたい。

成長のカギは「特化」にあり

 JPYCが成長を遂げるためには、日本の制約を意識した成長戦略が必要となってくる。

 JPYCがグローバル市場で米ドルステーブルコインと覇を競うというシナリオは、非現実的と言わざるを得ない。JPYCの承認は「グローバルなデジタル円の誕生」ではなく、「厳格な規制下にあるローカルな決済手段のデジタル化」を意味するからだ。

 JPYCの成長戦略は、為替リスクを嫌う国内事業者に特化することにありそうだ。法人間のB2B決済、給与支払い、ECサイトでの利用など、日本の規制下で安全に使える「デジタル円」としてのニッチな需要を掘り起こすことが重要となってきそうだ。

 国内のステーブルコイン市場は、足元で日銀のCBDCやメガバンク連合の「プログマコイン」(DCJPY)といった「本命」の登場がうわさされている。

 しかし、JPYCはすでにステーブルコイン基盤を手掛けるProgmat(東京都千代田区)と協業し、新たな信託型JPYCの発行を計画しているなど、巨大インフラを競合と見なすだけでなくそれらと接続する「毛細血管」として独自の成長を遂げる戦略を取っていると考えられる。そうなれば、今後のJPYCの位置付けは、グローバルなCircleとドメスティックなProgmatといった両方の「本命」と接続するハブとなるような展望も考えられる。

 TetherやCircleのように民間企業が、新しい金融市場におけるエコシステムの不可欠なプレーヤーとして成長している。JPYCも独自の規制を逆手にとって不可欠な次世代の金融プレーヤーになれるかに注目が集まる。

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