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動かない社員を、DXに巻き込む! 野村不動産・経理の「強気な一手」とは経理よ、生き残れ! DXへの道

野村不動産ホールディングスは125万件の交通費精算に伴う膨大な業務量を削減するため、経費精算のクラウド化を決定。しかし、全ての社員が協力的だったわけではなく、新ツールは思うように浸透しなかった。巨大組織にツール導入を浸透させるために、経理部門が取った強気の施策とは?

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連載:経理よ、生き残れ! DXへの道

ミスの許されない業務、次々に襲いかかる法令改正──経理の仕事は過酷だ。慢性的な人手不足の中で経理組織が生き返るには、戦略的なDXしかない。上場グループ企業経理の経歴を持つライター、川満龍太郎(ペリュトン)が、経理DXの現場を取材する。


 野村不動産ホールディングスは従来、20万枚以上の領収書を、スクラッチ開発の経費精算システムで処理していた。経費申請時には、領収書にのり付けをして貼り、押印する手間が発生。交通費は1件ずつインターネットで調べ直し、手入力していた。交通費の明細数は、なんと125万件。膨大な業務量だ。

 そうした手間を削減すべく、同社はクラウド化を決定。しかし、思うように進まなかった。従業員は従来、立替精算によって支払ったカードのポイントを受け取れる状態だった。つまり、やり方を変えない方向にインセンティブが働いてしまっていた。

 そんな状況下で、巨大組織にツール導入を浸透させるために、経理部門が取った強気の施策とは? 資金部副部長、事務推進二課長の今川友博氏に話を聞いた。

巨大組織でツール導入を浸透させた「強気の施策」

 経費精算は一般の社員たちにとって、本業の生産性を下げる業務だった。領収書にのり付けをして貼り、押印。交通費は、1件ずつインターネットで調べ直して手入力。そんな手間のかかる作業を年に計20万件以上処理するとなれば、グループ全体として大きな無駄となる。

 状況を改善すべく、2018年に経費精算システムConcur Expenseを導入し経費精算をクラウド化した。グループ7社、利用社員数は約7000人の大規模な移行だ。「2018年からDXを進め、電子帳簿保存法改正を待ち構える姿勢でいた」と今川氏は語る。

 「特にコロナ禍に入ってからは、他の企業と同様に『この紙を出すために出社しなきゃいけない』という負担が大きかった」(今川氏)

 2020年10月から、デジタル明細が実質的に解禁。それを受け、2021年からは個人決済型の法人カードの使用を義務化した。

 「3万円未満の飲食費・交通費に限り、紙の領収書を添付する必要がなくなった。経費のルールを作り、カード使用を義務化することによって、紙を使った経費精算の手間を大幅に削減することができた。また、法人カードのデータ連携によって、ガバナンスも強化することができている」(今川氏)

 さらに2022年1月には、スキャナー保存の緩和が実現。そのタイミングで、すぐにペーパーレス化を進めることができた。

 同社のような巨大な組織で、新しいツールを隅々まで浸透させていくのは簡単ではない。

 Concur Expense導入当初は、利便性やガバナンス上の重要性が伝わらず、利用率は思うように上がらなかった。

 一般に、多くの企業で共通して見受けられる課題だ。会社の経費を個人で自分のクレジットカードで立替精算をすれば、ポイントやマイルが個人にたまる。法人カードに移行すれば、それらがなくなってしまう。費用は会社が負担しているにもかかわらず、ポイントやマイルが個人に付与されてしまうのは、税務上の問題となりかねない。

 「『自分で経費を立て替えたい』というモチベーションを生じさせるのは不健全だ」と語る今川氏は、ツールを浸透させていくために、強気の施策を打っていった。

 「部署ごとに法人カード利用率を算出し、全社に公開していきました。『利用率が低いということは、その部署は統制が効いていないことになる』とメッセージを出し、部署ごとにランキングを作り、平均申請日数も全て開示。日数を超えている場合は、イエローカード、レッドカードを色で示しました」

 すると、利用率の低い部署の管理職は「法人カードを使っていないのは誰なのか」と自ら尋ねてくるようになった。状況を可視化して公開することで、法人カードの利用率は5〜6割から、最終的には9割以上まで上げられたという。

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野村不動産ホールディングス資金部副部長、事務推進二課長の今川友博氏

年間125万件の交通費データを正確に精算・計上

 同社では、2024年10月からさらなるDXを推進している。そのうちの一つが、ICCI(IC Card Integration Service)の導入だ。Suicaなどの交通系ICカードの利用履歴を、鉄道事業者のデータと直接連携して経理データに反映できる。

 ICカードを読み取り機で読んで連携させる仕組みはもとからあったが、そのカードの中にデータを20件までしか保持できない仕様だった。同社の明細は年間125万件あり、うち4分の3が近隣交通費である。

 「移動の多い営業社員は従来、2日ぐらい読み取りを忘れると、過去のデータが消えてしまっていた。そうすると『ここに行ったな』と思い出しながら、経費精算のデータを手打ちしなければならなくなる。定期区間との重複を除く作業なども含め、大きな手間がかかる。それを手入力すると、本当は200円しか引き落とされていないにもかかわらず300円を申請していた人がいた可能性は否定できない。また反対に、面倒に感じて申請しないケースも起こり得る状態だった」(今川氏)

 近隣交通費は一般に、手間の割には1件ごとの金額が小さく、ないがしろになりがちだ。それがDXの力によって、適切に処理されるようになった。同社では、約6000人が登録し、全社でICCIのデータ連携の利用率が95%を超えたという。

 同時に、年間約10万件にも及ぶタクシーの利用は、領収書ではなく請求書払いへと切り替えを進めていった。社員はアプリで操作を完了できる。経理は月に1回の請求書に対し、部門配賦(はいふ)などの処理をするだけで済み、チェック枚数の劇的な削減につながっている。

 一連の施策を実現したことにより、野村不動産グループ全体のアワードで、資金部として初の受賞を果たした。

 同社は今後もDXを進めていく方針だ。現在ターゲットにしているのは、承認業務の削減だ。

 「経理業務で最ももったいない時間は、チェックや承認。実効性があるならいいが、形骸化されているものも多い。そこを取っ払って、事後に見る仕組みを、監査と相談しながら作っている」(今川氏)

 業務プロセス上、必要となるチェックや承認はある。現在は、データをExcelに吐き出して式を組み、重複のチェックなどを実施している。今後は、AIツールなども利用していく展望だ。

 「正直なところ、経費精算業務には生産性がない。デジタルをもっと活用していきたい」(今川氏)

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取材を終えて:経理にビジョンとリーダーシップを

 今回の取材先の事例から学べるのは、経理部門の強気な姿勢ではないだろうか。どれだけ良いツールがあっても、導入がうまく進むとは限らない。

 ツールを活用しない方向にインセンティブが働いている場合、その傾向は顕著だ。立替精算のポイントやマイルを社員個人がためてしまうようなケースは、多くの企業で見られる光景だろう。

 その他にも、DXを阻む壁は多い。既存のやり方を変えたくない、ベテラン社員の暗黙知がオープンにされない、ツール間の連携がうまくいかない……組織が変化に前向きであることの方がまれだ。

 導入が進めば確実にメリットがあると分かっていても、リーダーシップがなければ、ツールは無用の長物になりかねないのだ。

 野村不動産のように、利用率を高めるために可視化を図るのは、大企業に限らず、中小企業でも参考にできるのではないだろうか。また、法改正を待たずしてビジョンを持って動きはじめ、いざ改正されたときスピーディーに対応できるようにしていた点も、見習うべきポイントだろう。

 経理がDXを成功に導くには、ビジョンとリーダーシップが肝要なのではないだろうか。

著者紹介:川満龍太郎

株式会社ぺリュトン代表。2018年より取材・執筆活動を開始。DXや福祉経営に関する記事・動画制作などを手掛ける。

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