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「なだ万×銀座おのでら」異色の融合 社長に聞く“高級料理のハードル下げる”狙いとは?

老舗「なだ万」と新鋭「銀座おのでら」が手を組み、伝統と革新の融合による日本料理体験を生み出している。人材育成やデジタル戦略を通じ、両社の共創が示す未来とは何か。なだ万とONODERAフードサービス両社長を務める長尾真司氏に聞いた。

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 物価高騰、賃金の低迷、円安、二極化する消費傾向などさまざまな問題により外食業界が大きな転換期を迎えている。そんな中、老舗「なだ万」と新鋭「銀座おのでら」が手を組み、伝統と革新の融合による日本料理体験を生み出した。

 東京・高輪に誕生した「鮨 銀座おのでら なだ万 高輪プライム店」が、格式と親しみやすさを両立させ、世代を超えて日本料理の魅力を再発見させる場所として注目を集めている。この日本料理の融合は、ONODERAグループを母体とするグループ子会社同士により実現した。

 人材育成やデジタル戦略を通じ、両社の共創が示す未来とは何か。なだ万とONODERAフードサービス両社長を務める長尾真司氏に聞いた。


長尾真司(ながお しんじ)ONODERAフードサービス社長、なだ万社長。1979年、北海道出身。2010年、ONODERA GROUPの子会社で、コントラクトフードサービスを担うLEOC入社。受託先の病院・老後施設などの給食事業に携わる。2021年2月、ONODERAフードサービスの社長に42歳で就任。ONODERAフードサービスが運営する「銀座おのでら」ブランド店舗(2025年11月14日時点で3カ国24店舗)の新たな挑戦で転機となった「廻転鮨 銀座おのでら本店」(2021年10月オープン)は現在、高売上の人気店舗となる。2024年にはONODERA GROUPに、外食ブランド「なだ万」(3カ国30店舗)を手掛けるなだ万が傘下に入り、社長に就任。「銀座おのでら」「なだ万」双方のトップとして、新規事業の展開と外食事業の強化を目指す

老舗と新鋭 異色の融合が生んだ「体験型日本料理」

 天保元年、創業195年の歴史を誇る老舗「なだ万」。そしてミシュラン星を獲得する「銀座おのでら」という2ブランドが手を組み、新店舗を開業した。今回のコラボレーションが注目を集めている理由は、両社の狙いが絶妙に交差しているからだ。

 「なだ万のお客さまは比較的年齢層が高く、一方で銀座おのでらは高級店の江戸前寿司を手軽に楽しめる回転寿司をきっかけに、若い世代への認知が高まりました。両者の顧客層を交差させることによって、日本料理の魅力をより広い世代に伝えたいと考えました」

 なだ万は、長尾氏の社長就任時から「新しい客層へのアプローチ」が経営課題の一つだった。

 高級料理店やホテルのレストランで食事をすることに対し、特に若い世代は「ハードルが高い」と認識しがちだった現実を、現場も痛感していたと言う。

 高級店に対する意識改革の一つとして、なだ万は9月、新プロジェクト「誕生日ディナー」をスタートした。このプロジェクトは、単なる一夜限りの食事を提供する以上の意味を込めている。長尾氏自らがこの企画を体験し、こう振り返る。

 「友人の誕生日に利用しました。その友人は、料理はもちろん演出のすばらしさに涙を流していました。家族で訪れても予算内で収まる安心感があり、高いクオリティのおもてなしもあります。今まで躊躇(ちゅうちょ)していた層に、ぴったりの企画だと思います」

 高級和食にあったハードルの高さを解消する取り組みは、ウィットに富んでいる。コンセプトは「素晴らしい料理と接客を、コミコミで提供する」。1万円からという価格設定も相まって、ファミリーや若者グループが「まず一度は試してみよう」と足を運びやすいようにした。体験として記憶に残る仕掛けが随所に施されているようだ。

 厨房の料理人が登場して直接料理を説明する演出も、その一つ。

 「心を込めて作った料理人が、直接お客さまと向き合い、料理について語る」というサービスもある。本来、伝統的な和食の現場では、厨房の裏方が前面に出ることは敬遠されがちだったという。しかし今回は、「作り手の顔」や思いを伝えることで、格式ばったハードルを下げ、顧客体験を一段引き上げている。


「なだ万」と「銀座おのでら」の日本料理を融合させた鮨コース「選べるおまかせ」

多店舗展開とシグネチャーメニュー

 「なだ万×おのでら」のコラボ店のメニューには、鮨コース「選べるおまかせ」を用意した。お客が今まで受け身だった「おまかせ」を、自分好みのコースにすることで特別な体験を提供する。

 このコラボ店は東京のほか、横浜・名古屋などの、なだ万の店舗内に横展開する予定だ。ここにも細やかな差別化を施した。

 「店舗ごとに料理長がオリジナルの看板料理『シグネチャーメニュー』を用意しています。『なだ万本店 山茶花荘』ならフォアグラの茶碗蒸し、『紀尾井なだ万』なら特製豚の角煮、といった具合ですね。同じ料理でもその店によって味も違うし、そこでしか食べることができない料理もあります」

 この点が、消費者の「ご当地ならではの体験」を促進し、結果として各店のリピーター増にもつながるのだという。全店一律ではない「驚き」が、ブランドの多層性を作り出している。


「なだ万」の料理長と「銀座おのでら」の寿司職人が同じ調理場に立ち、お客をもてなす

若手育成と組織のシナジー

 コラボのもう一つの注目点は、経営文化と人材育成力の融合にある。なだ万は「若手とベテランの間に技術的なギャップが生まれやすい」といった組織的課題を抱えていた。一方、銀座おのでらは「若手育成に強い」点が強みだったため、両社の間でシナジーを生んでいる。

 「『鮨 銀座おのでら』という業態では、『登龍門』という人材育成型の店舗などで、若いスタッフが2年目でも握れるようになる仕組みも作り上げました」

 このような改革は、「5〜6年修行して一人前」という寿司店の古い価値観に一石を投じた。もちろん、伝統的な技術や食材の管理などは段階的に習得が必要だ。しかし長尾氏は「誰でもチャレンジできる環境」を実現することが、外食産業の未来を切り拓く原動力になると考えている。

 「働く人が幸せでなければ、お客さまにおもてなしなど提供できません」と語るように、従業員満足度(ES)を優先とする企業文化は、持続発展のカギだ。離職率の低さや現場の一体感は、顧客満足として跳ね返ってくる。「おいしい料理」以上に、「人が人を幸せにする現場力」が、定着率や職場満足度の向上につながるのかもしれない。

デジタル活用と次世代経営

 現代のビジネスシーンで不可欠となったDXについても、長尾氏は「AI・データ分析の活用は、外食産業において必須」と断言する。

 「AIで新規出店場所の周辺情報を分析し、仮説の検証や集客戦略を組み立てています。もちろん最後の判断は経営者の目でしますが、現場感覚とデータを掛け合わせた意思決定が重要です」

 なだ万、銀座おのでらの親会社でもあるONODERAグループ傘下では、給食事業からスポーツ事業(横浜FC、オリベレンセ)、メディカル事業まで多角的に事業を展開している。食と健康を社会へ還元するエコシステムは、新しい時代の外食モデルを示す。

 どこで何を食べるかだけでなく、どう過ごすかまでのデザインが求められる時代だ。なだ万と銀座おのでらのコラボは、その場の温度感や会話の余韻、そしてサプライズを通じて、一度きりでは終わらない体験を生み出していく。「この地でしか味わえない体験」が、今後どのように波及していくのか。

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