高級レストラン経営は「持続的じゃない」 海上自衛隊出身、店を持たない「海賊的経営」に挑む日本人
「レストランとは、文化であり、船であり、仲間と航海するプラットフォーム」。そう語るのは体験型レストラン81(エイティーワン)のオーナーであり、シェフの永島健志氏だ。海上自衛隊出身の同氏が目指す組織論、レストランのコンセプトづくりを聞いた。
サントリーが体験型のイベント「ARTISTIC JAPAN by MASTER'S DREAM 匠たちが織りなす至高の晩餐会」で、新たなファン獲得を狙っている。
7月には、東京国立博物館法隆寺宝物館で1回目のイベントを開催。同イベントは「ザ・プレミアム・モルツ マスターズドリーム」の応募抽選で選ばれた10組20人が参加した晩餐会だ。体験型レストラン81(エイティーワン)のオーナーであり、シェフの永島健志氏が手掛けた。
9月には福岡市のsola aburayamaで世界的なシェフ・吉武広樹氏と2回目も開催。11月8日には3回目を、世界遺産の京都・仁和寺を貸し切って開催する。いずれも永島氏が料理とプロデュースを手掛けた。
「レストランとは、文化であり、船であり、仲間と航海するプラットフォーム」。永島氏は、そう語る。
かつてスペインの伝説的なレストラン「エル・ブリ」で料理人としてのキャリアを積みながら、料理人・経営者という枠を超えた「キャプテン」として現在、仲間を率いている。永島氏が目指す組織論、そしてレストランのコンセプトづくりを聞いた。
永島健志(ながしま・たけし) レストラン「81」(エイティーワン)オーナーシェフ。高校を卒業後、自衛隊護衛艦の調理室に配属になったことをきっかけに料理人となる。数軒のレストランで経験を積み、スペインのカタルーニャ地方にある三ツ星の世界ナンバーワンを5回獲得したレストラン「エル・ブリ」で学んだ。帰国後に81(エイティーワン)をオープン。レストラン運営にとどまらず、ブランドコラボレーション、イベント演出、体験設計など食を軸にした多彩なプロジェクトを手掛けてきた
レストランの常識を覆す「海賊型経営」 高級路線に感じた“限界”とは?
永島氏は、自らを「キャプテン」と呼ぶ。
「現在は、遊牧民の生き方をしているというか、海賊なんです。私のレストランも店ではなく船だと思っています。仲間と一緒に世界を旅する海賊船のようなものですね」
レストラン81(エイティーワン)は、固定の店を持たない。永島氏は、船を操る船長のように進むべき方向を示し、あとは仲間たちが自律的に動く組織づくりを信条とする。求めるのは従業員ではなく、クリエイティブを生み出す仲間だ。
料理だけでなく、アートやディレクション、オペレーションなど多様なスキルを持つメンバーが集まり、時に衝突しながらも、そこから生まれる一体感こそが、81の価値の源泉だという。
その海賊船の根底にあるのは「レストラン文化の再構築」という視点だ。コロナ禍を経験し、固定店舗を維持する経済的負担と、組織の硬直化がもたらす限界を痛感した。そこでたどり着いたのが、遊牧民のように動く「海賊型」の経営スタイルだ。現地のシェフやアーティストと組み、地域ごとに異なるプロジェクトを立ち上げる。この形であれば、店舗の維持費や人員の固定化リスクを抑えながら、常に新しい価値を創出できると考えた。
永島氏の哲学を確立した「2つの経験」
永島氏が料理人を志したきっかけは、海上自衛隊に入隊し、配属先となった調理室にあった。当時を振り返る。
「船に乗ると2〜3カ月以上、港に戻れないこともあります。そのような厳しい環境の中で、食事がどれほど人の心を支えるのかを実感しました。『食べる』という行為が、極限での環境の中での喜びであり『生きること』に密接に結び付いていることに気付かされたんです」
退官後に、料理人を目指す。技術を磨く中で転機が訪れたのが、世界のベスト・レストラン50で5度、世界1位を獲得したスペインのレストラン「エル・ブリ」との出会いだ。
「初めてその料理に触れたとき、強く衝撃を受けました。料理というより、まるで芸術作品のような表現力と創造性に圧倒されました」
エル・ブリでの経験を通じて、永島氏の中で「料理はもっと自由であっていい」と感じたのだという。「もっと自分らしい表現ができる」との思いは、揺るぎない確信へと変わっていく。
永島氏が感じた自由という概念は料理だけではなく、組織の捉え方にも生かされている。
「私が、あくせくと仕事しているのを横目に、社員たちは『お疲れさまでした」と私を気にすることなく帰ります。今日もみんな帰っているでしょう? なんで社長が仕事をしているのに、と思う人もいるかもしれませんが、でも、それでいいんです。各々が自分にできること、すべきことを考えて、動けば組織は回っていくんです。そんな雰囲気をトップが作ることが大事なんです」
いまだに上下関係が残る日本企業。出る杭は打たれる社会。もちろん上司を敬う気持ちは大切だ。一方で、上下関係だけで組織の本当の力を引き出すことはできない。フラットな関係だからこそ、社員たちが遠慮することなく最大限のパフォーマンスを引き出せると考える。
10代で海上自衛隊に入り、厳しい上下関係の中に身を置いたこと。そして、世界の頂点を見たエル・ブリでの「自由な表現」に触れたこと。その体験全てが、今の永島氏の哲学につながっているのだ。
ガストロノミーの限界と「再構築」の意思
そんな永島氏が、近年強く意識しているのが「ガストロノミー業態の持続可能性」だ。飲食業界、特に高級レストランというビジネスモデル自体が、現代社会において持続可能ではなくなってきているという深刻な課題がある。これは、単に「もうからない」という話ではなく、業界を支える要素全てが極限に達している状態を指す。
永島氏が、かつて所属していたエル・ブリも2011年に閉店した。後にそれを継ぐように、同じくエル・ブリ出身のシェフが開いたコペンハーゲンの「ノーマ」も2024年末をもって通年の営業を終了することに。いずれも“世界一”の評価を受けた名店だった。
「彼らが口にした『業界そのものがサステナブルじゃない』という言葉には重みがありました」
永島氏は、料理の内容だけでなく、人、資金、時間、全てが限界を迎えた今、自らが進むべきは、レストランや食事の芸術性を再構築し、伝統の延長線上に革新を重視することだと考えている。
高価格路線の維持は容易ではない。国内では物価や人件費が上昇しても、コース価格を大幅に上げれば、既存客を失うリスクがある。一方、海外の富裕層の市場は価格に対する許容度が高く、北海道・ニセコのような国際的リゾートでは「もっと高くても構わない」という声すら上がっている状況だ。
永島氏はこのような現場での体験価値に強くこだわっている。
ビジネスモデルの革新と文化の継承
今後、81は東京・白金への出店、冬にはニセコに温泉付きレストランをプロデュースする予定だという。だが永島氏が見ているのは、ただの出店ではない。81を100年続く店、 ブランドに育てることだ。
代替わりを前提とし「創業者の意思は必ずしもそのまま継がれなくても構わない」と話す。重要なのは、価値の核が継承され、時代に応じた形で進化し続けることだ。日本の伝統産業が数百年にわたり存続してきたように、81もまた文化的価値を未来へとつなぐ存在を目指す。
81(エイティーワン)という名前の由来は、日本の国番号である「+81」。永島氏はこの数字をあえて店名に冠し、「受信」と「発信」の両方の意味を込めた。店名に込めた思いは、料理を軸に日本文化を世界へ発信する彼のスタンスを象徴している。
伝統と革新、一見相反する2つを両立させる試みは、答えのない挑戦だ。しかし、ガストロノミー業界が持続可能性の壁に直面する中、この挑戦こそが新たな可能性を切り開くことになりそうだ。
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