AI導入のカギは「行動変容」 ソニーグループが実践した、“現場が使いたくなる仕組み”とは?:AI時代の「企業変革」最前線(5/5 ページ)
ソニーグループは2023年から全社員の生成AI活用を推進し、わずか2年で5.7万人が日常業務で使う体制を整えた。同社では、日々15万件の推論が実行されている。
PoCが「360件」も実施されたワケ 社員巻き込みの3つのポイント
中出: 私も事業部の方と話をしていると、生成AIの可能性を考える人は少なくない一方で、LLMに精通しているかというとそうでもない印象を受けます。まだ使い分けの判断がうまくできないと感じることもありますが、その点に関してはどのような対応をしていますか?
大場: 全社員を生成AIの使い手にするためには、アプリケーションやプラットフォームといった技術要素の提供だけではなく、プロモーションを含めた啓発、心理的安全性を確保するためのレギュレーションやガードレールの構築なども重要です。
その中で、啓発を担当するチームにお願いしているタスクが3つあります。
1つ目はグループ横断ネットワークの構築。いかにソニーグループの全社員にリーチしてタイムリーに鮮度の高い情報を届けられるか。
2つ目は、啓発コンテンツの充実。AIに関する最新情報やeラーニングの配信、啓発イベントの開催などによる情報提供。
そして3つ目は、継続的な学習サイクルの確立。進化の速いAI技術だからこそ、最新の状況を知り継続的に学ぶことが大切であり、これがビジネスにおけるAIの適切な使い分け判断につながると考えています。現在はこの継続的学習の仕組み化に力を入れており、月次で最新情報を知り、学び、実践し、ビジネスでの活用を促すサイクルを構築し、展開を開始しています。
また、事例やノウハウの共有も啓発において大変効果的で、「Generative AI Day」という集合型イベントを国内外で開催し、グループ横断での学びと気付きの場を提供しています。最新のAI情報を学ぶ機会を提供するとともに、ソニーグループ内のべストプラクティスを共有し合い、 “うちもやってみよう”という声が自然に広がっていく。そうやってAIを“使う文化”が自走し始めています。
ユーザーから私たちに相談できる窓口も、グループグローバルに開放しています。これまでに、360件ほどのPoC(概念検証)を実施しており、その結果もノウハウとしてグループ内に展開しています。
中出: PoCにおける見極めの基準やポイントはあるのでしょうか?
大場: まず重要なのは技術面ではなく、本質的な課題の理解とAIに対する期待値の擦り合わせになります。PoCを開始する際には、必ず実現したいこと、提供可能なデータ、成功条件の明確化といったPoC定義書を双方で合意することから始めています。
ここ半年においてはAI性能が直接的にボトルネックになったことはほとんどありません。むしろ、実利用可能なスピードで実行できるか、AI活用に不可欠なデータを安定して供給できるか、それらを考慮した上で実運用においても採算が取れるか、といった評価を行っています。
PoCについては、その評価にかかわらず有益な情報だと考えており、成功も失敗もできるだけ早く事例として共有するようにお願いしています。360件の個々の成果も大切ですが、それよりも良い結果を伝搬させて生成AI活用をスケールすることにこだわっています。
中出: AIを“武器”として、業務知識を持つ5万人の社員一人一人が「安全かつ適材適所で使える」ようにする。そのための仕組みとガバナンスの在り方が、よく分かりました。
技術やコスト以上に、トップが自ら方向を示し、仕組みを根づかせることが重要なのだと改めて実感しました。後編では、生成AIによってソニーグループのビジネスがどう変革すると考えているのか、さらに詳しくおうかがいします。
大場正博
ソニーグループ株式会社 デジタル&テクノロジープラットフォーム AIアクセラレーション部門 部門長/Sony Outstanding Engineer 2023
2002年ソニー株式会社入社、情報システム企画として経営情報、CIOスタッフ、B2E改革を担当。ITアーキテクトとしてソニー欧州(英国)に赴任の後、ワークスタイル改革およびグループ構造改革を担当。2019年よりCIOオフィスGM、2021年よりグループガバナンスGMを経て、2023年より現職にて、DXガバナンス/Generative AIを推進。
中出昌哉
テックタッチ株式会社 取締役 CFO / CPO兼AI Central 事業責任者
テックタッチでは、「AI Central」(AI技術を活用した新規事業開発を担う専門組織)の事業責任者としてAI戦略をリード。プロダクト戦略責任者(CPO)および財務責任者(CFO)も担う。一般社団法人日本CPO協会の理事も務める。
東京大学経済学部、マサチューセッツ工科大学(MIT)MBA卒。野村證券株式会社にて投資銀行業務に従事し、素材エネルギーセクターのM&A案件を多数手がける。その後、カーライル・グループにて投資業に従事。ヘルスケア企業のバリューアップや、グローバル最大手の検査機器提供会社への投資等を担当。テックタッチには2021年3月、CFOとして入社。
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