「まだ働けるのに退場ですか?」――中高年の意欲を折る「60歳定年制」の問題:働き方の見取り図(1/2 ページ)
60歳になった瞬間、正社員から外れ、待遇も権限も縮小される――。日本の大半の企業では、今もこうした“画一的な引退ライン”が、当たり前のルールとして動いている。このルールは、本人のキャリアや企業の競争力にどんな影響を与えているのか。
60歳になった瞬間、正社員から外れ、待遇も権限も縮小される――。
日本の大半の企業では、今もこうした“画一的な引退ライン”が、当たり前のルールとして動いています。しかし、実際には定年後も働きたいと希望するシニア層はたくさんいます。
中には生活のために働かざるを得ない人もいます。一方で、働く意欲が衰えない人、社会とのつながりを失いたくない人など、思いはさまざまです。
それでも現行の制度は、一律に“60歳で線を引く”。
このルールは、本人のキャリアや企業の競争力にどんな影響を与えているのでしょうか。定年制が抱える矛盾を、改めて考えてみたいと思います。
著者プロフィール:川上敬太郎(かわかみ・けいたろう)
ワークスタイル研究家/しゅふJOB総研 研究顧問/4児の父・兼業主夫
愛知大学文学部卒業。雇用労働分野に20年以上携わり、人材サービス企業、業界専門誌『月刊人材ビジネス』他で事業責任者・経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。
所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声をレポート。
NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」他メディア出演多数。
60歳でキャリアが急落する
日本の定年制度は、60歳を境にキャリアの第一線から退く仕組みになっています。
厚生労働省の調査(※)によると、定年制を導入している会社は94.4%。そのおよそ7割が、定年を60歳に設定しています。高年齢者雇用安定法で「60歳以上」にするよう求められているものの、実務上は依然として60歳が“区切り”として扱われています。
(※)令和4年就労条件総合調査
ただし、雇用継続は65歳まで義務付けられ、就業機会確保の努力義務は70歳までです。定年を迎えた後に再雇用される場合は、一年更新など基本的に正社員から非正規社員と呼ばれる雇用形態へと移行します。
一方で、シニアの労働参加はむしろ加速しています。
総務省の労働力調査によると、2024年の60歳以上の就業者数は1490万人と、就業者全体の22%を占めます。1984年の9.6%から40年で倍以上に増え、人手不足の中でシニア層は不可欠な戦力になっています。
それでも現行制度は、60歳で“キャリアの段差”を生み出します。
労働力調査の詳細集計によると、2024年の雇用者の非正規比率は55〜59歳で33.3%ですが、60〜64歳になると55.4%へと跳ね上がります。60歳以上全体だと67.3%です。
数字が示すのは、働く意欲があっても、60歳を境に待遇と役割が大きく後退する構造が横たわっているという現実です。
「60歳=引退」は時代に見合わず
時代の移り変わりとともに、60歳が第一線を退く年齢に当てはまらないケースが増えてきています。その傾向が顕著に表れているのが、芸能界です。俳優の阿部寛さんや沢口靖子さん、海外ではトム・クルーズさんなど、錚々(そうそう)たる顔ぶれが60歳になってもなお、第一線の主役として活躍しています。
芸能界に定年はありません。自分で引退を決めない限り、実力が伴えばいくつになっても第一線で働く機会が得られます。結果、年齢にとらわれず活躍する人が増え、60歳以上の就業者比率が10%未満だった40年前には考えられないほど、年齢の印象と実態が大きく乖離してきました。
翻って、一般的な会社の中で働く人はどうでしょう。再雇用制度はあったとしても、60歳を迎えると多くの人が第一線で活躍し続ける機会を奪われて引退することになります。要因の一つに、シニアは新しい技術についていけないといったステレオタイプなイメージの弊害があると思いますが、給与面の事情も問題です。
日本は雇用期間も職務も勤務地も無限定な会社の一員として採用されるメンバーシップ型雇用が基本で、いまも年功賃金の要素が色濃く残っています。多くの場合、役職定年を迎えたなどの理由でピーク時より下がったとしても、50代後半までは高給が支払われます。
“働かないおじさん”などと揶揄(やゆ)されるように、働きぶりと給与が見合わない人が現れる問題がよく指摘されます。こうした事態を防ぐために、60歳で雇用契約が解除される仕組みには、一定の合理性はあるのだと思います。
とはいえ、人手不足でシニア層が貴重な戦力となりつつある中、実力の有無に関係なく60歳を定年と見なす仕組みだけでは、多様な働き手の要望に応えきれなくなってきています。
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