今の生成AIは「エモくない」──次世代SNSが挑む「感情を理解するAI」の真価(2/2 ページ)
今の生成AIは、まだ「エモくない」──宇宙事業を手掛けるスペースデータ(東京都港区)社長の佐藤航陽氏は、現状の生成AIの“限界”をこう指摘する。このような、AIが苦手とする“人間の本質”に挑む新たなSNS「Lovvit」(ラヴィット)が登場した。創業者と佐藤氏に感情を取り込むSNSの可能性を聞いた。
生成AIの現在地と「未踏の95%」
佐藤氏は、現在の生成AIについて「本能や感情の部分がプログラムされていないので、エモくないんです」と話す。近年急速に普及した生成AIは、この課題に直面していると言ってもいい。
「生成AIが再現できているのは人間の理性の部分、つまり表層的な機能にとどまっている」(佐藤氏)
テキストの要約や会話の生成といった能力は高い一方、それはあくまで人間の思考のごく一部に過ぎない。本能や感情、生体的な欲求といった領域は未解明であり、人間の行動原理の95%を占める無意識の世界は手つかずのままだ。
例えば、買い物。価格や性能だけでなく「雰囲気が好き」「店員の感じが良かった」といった非合理的要素によって、購買行動は強く影響される。生成AIは今のところ合理的な情報処理には優れているものの、佐藤氏によれば「この感情の部分に迫ることはできていない」という。
これをAIの限界と考えると、AIの本当の進化は「感情や本能をどう取り込むか」にかかっている。Lovvitは、まさにこの未踏領域に挑戦しているのだ。ユーザーが示す「好き」の理由をデータとして蓄積することで、AIが人の深層的な価値観を理解できるように設計している。
「理性は人間の中で最も新しく獲得された機能であり、むしろ言い訳を後付けするための装置でもあります。AIがこの部分だけを模倣しても、人間の本質には届きません。Lovvitが挑もうとしている感情データの可視化は、AIに残された大きなフロンティアなのです」(佐藤氏)
Lovvitは、単なるSNSではない。そのコンセプトは「自分以上に自分を理解する存在」を提供することだ。「トップ3ランキングを投稿するうちに、自分でも気付づかなかった好みや価値基準が浮かび上がります。就職活動での自己分析やキャリア形成にも応用できます。最終的には『人生の限られた時間を最適化する存在』として機能するはずです」(有田氏)
自分に「最適な」自分の「好き」を、自分以上に理解したコンシェルジュを育て、使えるようにする。利用者にはサービスというよりもエコシステムを提供する。今後は、映画やグルメだけではなく、さまざまな「好き」を届けていく予定だ。
佐藤氏は長年IT業界で事業を率いてきた。その経験から、ITの強みと限界をよく知っている。ITは効率化や最適化に圧倒的な成果を発揮する一方、「感情を扱うことが極端に苦手」だと話す。その証拠に、GAFAのような巨大企業でさえ、エンタメやゲーム領域では必ずしも成功を収められてはいない。
「人間の行動は合理性だけでは説明できません。多くの場合、感情や無意識が先に動き、その後で理性が言い訳を後付けします。ITはこの構造を十分に扱えていません」(佐藤氏)
だからこそ、エンタメ業界での経験を持つ有田氏の挑戦が意味を持つのだ。
佐藤氏はLovvitを「人間の感情や価値観を解き明かす実験の場」と表現する。ITが得意とする論理と効率に偏るのではなく、エンタメの力を取り込み、人間の深層を理解するAIが生まれることで、新しいユーザー体験を創り出す。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
「KPIは睡眠時間」──オードリー・タンに聞く、日本企業の生産性が上がらない根本原因
生産性の低さが指摘されている日本。人口減少が追い打ちをかける中で、現状を打開するためには、どうしたらいいのか。企業はAIをどのように使いこなしていくべきなのか。オードリー・タンさんに聞いた。
アニメ市場3.3兆円、現場に届かぬ投資マネー 業界歴40年Pに聞く“作り捨て”からの脱却
日本のアニメ産業は2023年に市場規模3.3兆円を記録し、世界的な注目を集めている。一方で、業界内格差や、アニメーターをはじめとするヒトにお金が回っていない課題、人手不足の問題がつきまとう。業界で約40年プロデューサーを務め、映画『この世界の片隅に』も手掛けたジェンコの真木太郎社長に、業界の課題と解決策を聞いた。
「これさぁ、悪いんだけど、捨ててくれる?」――『ジャンプ』伝説の編集長が、数億円を費やした『ドラゴンボールのゲーム事業』を容赦なく“ボツ”にした真相
鳥山明氏の『DRAGON BALL(ドラゴンボール)』の担当編集者だったマシリトこと鳥嶋和彦氏はかつて、同作のビデオゲームを開発していたバンダイに対して、数億円の予算を投じたゲーム開発をいったん中止させた。それはいったいなぜなのか。そしてそのとき、ゲーム会社と原作元の間にはどのような考え方の違いがあったのか。“ボツ”にした経緯と真相をお届けする。
『ジャンプ』伝説の編集長が、『ドラゴンボール』のゲーム化で断ち切った「クソゲーを生む悪循環」
『ドラゴンボール』の担当編集者だったマシリトはかつて、同作のビデオゲームを開発していたバンダイのプロデューサーに対して、数億円の予算を投じたそのゲーム開発をいったん中止させるという、強烈なダメ出しをした。ゲーム会社と原作元の間にはどのような考え方の違いがあったのか。「クソゲーを生む悪循環」をいかにして断ち切ったのか?
『ジャンプ』伝説の編集者が「最初に出したボツ」 その真意とは?
『週刊少年ジャンプ』で、『DRAGONBALL』(ドラゴンボール)や『Dr.スランプ』(ドクタースランプ)の作者・鳥山明さんを発掘した漫画編集者の鳥嶋和彦さん。鳥嶋さんの代名詞である「ボツ」を初めて出したときの状況と、その真意を聞いた。
『ジャンプ』伝説の編集長は『ドラゴンボール』をいかにして生み出したのか
『ドラゴンボール』の作者・鳥山明を発掘したのは『週刊少年ジャンプ』の元編集長である鳥嶋和彦さんだ。『ドラゴンクエスト』の堀井雄二さんをライターからゲームの世界に送り出すなど、漫画界で“伝説の編集者”と呼ばれる鳥嶋さん。今回は『ドラゴンボール』がいかにして生まれたのかをお届けする。
アニメ版『ジョジョ』の総作画監督が指摘「Netflixで制作費が増えても、現場のアニメーターには還元されない」
日本のアニメーション業界にはびこる低賃金や長時間労働といった過酷な労働現場の実態――。『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』の総作画監督を務める西位輝実さんにインタビュー。後編では西位さんに、Netflixをはじめとする、近年の日本アニメに進出している海外資本のビジネスについて聞いた。
アニメ版『ジョジョ』の総作画監督が語るアニメーター業界の「過酷な実態」
アニメ業界には未だに低賃金や長時間労働といった過酷な労働環境がはびこっている。『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』などでキャラクターデザインを担当している西位輝実さんに、その実態を聞いた。


