「予約を全て止めてください!」 老舗酒造で起きたミスから生まれた「日本酒」なぜヒットしたのか?(1/5 ページ)
300年続く酒蔵の「特別な日本酒」を襲った製造ミス。廃棄ではなく「正直に出す」ことを選んだ結果、失敗は物語となり、そこから想定外のヒット商品が生まれた。
「大変申し訳ございません……! 『酒々井(しすい)の夜明け』の今後の予約を全て止めていただけますか」
2025年10月14日、千葉県酒々井町にある300年以上の歴史を持つ酒蔵「飯沼本家」は、緊迫感に包まれていた。加藤徹さんをはじめとした営業チームのメンバーは、同社の酒を取り扱う102店の酒販店に電話をかけ続けた。
急きょ予約を取り止めることになった「酒々井の夜明け」は、飯沼本家が「年に一度の日本酒ヌーボー」として販売している、事前予約した人しか購入できない特別な日本酒だ。
毎年11月7日の初搾り(その年に仕込んだ酒を初めて取り出す工程)の日に酒を瓶に詰め、夜を徹して出荷準備を行う。搾りたてを受け取るために、この日だけ全ての酒販店が車で酒蔵に集結する。そして、自店舗で予約した分を持ち帰って、すぐに店や個人に搾りたての酒を届けるという、特別な体制で消費者に届くのだ。
酒々井の夜明けの予約を取り止める事態になったのは、なぜだったのか。飯沼本家の営業チームの加藤徹さんは、以下のように振り返った。
「酒造りの責任者である杜氏(とうじ)がお休みの日、若手の蔵人が『酒々井の夜明け』を仕込んでいたタンクに、隣の普通酒のタンクに入れるはずだった醸造アルコールと精米歩合70%の蒸米を投入してしまいました。酒々井の夜明けは、6トンタンク×2本で仕込んでいたのですが、1本のタンクが出荷できない状態になったんです」
酒々井の夜明けは、日本酒の分類でいえば「純米大吟醸」であり、もっとも高級な分類となる。純米大吟醸の条件は「精米歩合(※)50%以下の米と米麹、水のみ」で造られていること。つまり、誤って醸造アルコールと精米歩合70%以上の蒸米が投入されてしまった時点で、純米大吟醸とは言えないのだ。
(※)精米歩合は原料で使っている米の精米の度合いを示す数値で、この数値が低いほどお米は精米されて小さくなる。そのため、原材料として多くの米が必要になり、価格も高くなる。
「飯沼本家は酒造りの機械化を進めていますが、お米を入れる部分は人による手作業が必要になります。人が関わる以上、トラブルは起こり得るもの。とはいえ、よりによって『酒々井の夜明け』のタンクで起きてしまった。取り返しのつかない事態になったと思いました」
トラブルが発覚した時点で、酒々井の夜明けの予約本数は1本目のタンクでなんとか賄(まかな)うことができた。しかし、酒々井の夜明けは発売後も予約が入る商品であるため、大きな機会損失となることは明らかだった。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
ローソンの車中泊は、単なる「場所貸し」ではない 見落とされがちな体験価値とは
ローソンが実施している「車中泊」サービス、これは単なる「空いている場所を貸す」というビジネスにはとどまらない価値がある。利用者はどのような「価値」を見いだしているのか。
倒産寸前なのに年収100万円アップ 売上38億円のV字回復を実現した、山梨のプリント企業の「決断と狙い」
Tシャツなどのオリジナルプリントグッズの製作を展開するフォーカスは2020年のコロナ禍、倒産の危機に陥った。しかし現在はV字回復を果たし、売り上げは約38億円に上る。この5年間、どのような戦いがあったのか?
年商54億円企業を「突然」継いだ兄弟 役員・社員が辞めていく中でも改革を続けたワケ
2023年12月、不動産会社のハタスで衝撃的な事業承継が行われた。当時、20代前半の兄弟が年商54億円の会社を突然継ぐことになったのだ。自分たちなりに改革を進める中で、役員や社員の退職も起こった。それでも改革を続けた2人の経営論を取材した。
なか卯の「床に置かれた食器」問題 企業の沈黙が呼ぶ“将来の波紋”
10月下旬、なか卯での「床に置かれた食器」の写真がSNSで拡散された。その後のなか卯の対応が適切だったようには感じない。では、どのような対応が求められるのか?
大手の生産管理システムは、なぜハマらなかった? 中小製造業が仲間と作った「現場発システム」で売上3倍を実現
中小製造業の広島メタルワークは5年で売り上げを3倍に伸ばした。同社は過去に大手メーカーのシステム導入で失敗した経験もある。どのようにして売り上げを伸ばすことに成功したのか?

