「損したくない」で無料に向かう「お散歩界隈」 マーケティングの販促の前提が揺らぐ:廣瀬涼「エンタメビジネス研究所」(1/4 ページ)
「おさんぽ界隈」という言葉をご存じだろうか。彼らの存在によって、企業におけるマーケティングの「販促」の前提が揺らぐ可能性がある。そのワケを解説する。
「界隈」という言葉は2024年にユーキャン新語・流行語大賞にノミネートされ、若者向けの流行語ランキングにも登場して以降、SNSを中心に広く使われるようになった。ここでいう界隈とは、特定の関心や価値観を共有する人々や、その関心が向けられる領域そのものを指す言葉である。
特徴は「趣味」「嗜(し)好」「生活習慣」「好きなテイストや世界観」といった、個人の生活の中でもより細かな共通点を手がかりに、ゆるやかなつながりが生まれる点にある。明確な所属意識や境界を持つ従来型のコミュニティとは異なり、興味・関心を軸に人が集まる関係性であり、「自分はこの領域に関心がある」という意思表示として使われることも多い。
2024年の年末には「風呂に入らない、入りたくない、入れない」人々が「風呂キャン界隈」と呼ばれ、話題になった。同時期、シャボン玉が弾けるようなかわいらしい音源と共に、おしゃれで洗練された丁寧な日常をSNSに投稿する「ぷくぷく(ぽこぽこ)界隈」や、山や海など自然豊かな場所に行き、リフレッシュする「自然界隈」など、さまざまな界隈がSNS上でハッシュタグとともに語られていた。
その中でも「お散歩界隈」「伊能忠敬界隈」と呼ばれる、歩くこと自体に楽しみを見いだす人々の集まりが注目を集めていた。筆者自身も、当時あるラジオ番組でこの界隈について解説した記憶がある。
それから約1年後、筆者がSNSを眺めていると、あるハッシュタグが目にとまった。「おさんぽ界隈」だ。最初は「お散歩って漢字じゃないんだ」と軽く受け流したものの、投稿内容を追ううちに、当初の想像とは異なる様相が見えてきた。
そこでは、街中で開催されるポップアップなどの無料イベントへの参加や、無料で配布される試食や試飲、サンプル、ノベルティを集める行為、そしてそれらの情報そのものを「おさんぽ」と呼んでいたのである。
「おさんぽ」「おさんぽ 都内」などのキーワードは、この界隈における情報を効率的にスクリーニングするためのタグとして機能していた。歩くという行為そのものを指すのではなく、その界隈特有のコンテクストを帯びた言葉として、隠語的に機能しているのである。
SNS上には、この「おさんぽ」に関するインフルエンサーや情報発信アカウントが存在する。彼らがまとめた情報を参照したり、「#おさんぽ26年1月5週」のように、イベントやノベルティ配布の実施期間をハッシュタグで検索したりもできる。
こうした情報は、本来であればイベント主催者や小売店、メーカーが自社サイト(SNS)や店頭で告知している一次情報であり、偶然出合うことは容易ではない。しかし、界隈に身を置く人々が情報を持ち寄り、共有し、集合知として蓄積していくことで、無料イベントに足を運ぶことや、ノベルティを集める行為が継続的に実践され、ひとつの“趣味”として成立しているのである。
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