売上8割減の崖っぷち運送会社が見つけた、大手もレンタカーも手を出せない「空白地帯」を埋めるサービス(1/5 ページ)
大手の運送会社に依存していたことから、売り上げの8割を失ったハーツ。さまざまな試行錯誤を経てたどり着いた、大手もレンタカーも手を出せない「空白地帯」を埋めるサービスとは?
「運送業界の99%は下請け。そんな多重構造が当たり前の世界で、いかにして独自のポジションを築くか」――。1993年に軽トラ1台で運送会社「ハーツ」(東京都品川区)を起業した山口裕詮氏は、下請けとして大手に依存する構造の中で、かつて売り上げの8割を失う絶望を味わった。
絶体絶命の窮地から同社を救ったのは、意外にも「鳥人間コンテスト」に挑む大学生たちとの出会いだった。現場で得た小さな気付きから見いだしたのは、大手運送会社もレンタカー大手も手を出せていない”空白地帯”。それが、同社の主力サービスへと成長する、ドライバー付きレンタルトラック「レントラ便」だ。
そこから同社は下請け依存を脱却。いち早く着手したWebマーケティングを武器にレントラ便の成長に奔走し、今や集客の多くをSNSやSEOなどの自然流入が占めるまでにブランドを確立させた。
コロナ禍や2024年問題など、時代の荒波を乗り越え成長を続けるハーツの現場主義から生まれた「逆転の経営戦略」に迫る。
25歳、軽トラ1台で独立
19歳で運送業界に飛び込んだ山口氏は、佐川急便の新橋エリア担当として、多忙ながらも充実した日々を送っていた。しかし1992年、世間を揺るがした東京佐川急便をめぐる汚職事件(東京佐川急便事件)を機に社内環境が一変。それを機に退職を決意する。
その後2年間は、土木作業員や運送業の手伝いなど、アルバイトで食いつなぐ日々を過ごした。転機となったのは、仕事を手伝っていた先輩が代表を務める運送会社での給料未払い問題だった。
「こんな男が社長を名乗れるのなら、自分にもできるはずだ」。理不尽な現状への憤りと現場を知る者としての確信から、1993年に当時25歳だった山口氏は軽トラック1台でハーツを創業。「軽トラックは届け出を出せば1台からでも独立できる。自分1人が食べていくぐらいなら稼げるだろう」――そんなスタートだった。
武器になったのは、佐川時代に培った圧倒的な「現場力」だ。当時は物流需要が非常に旺盛な時代。 デパートや企業への飛び込み営業で自ら仕事をつかみ、お歳暮の繁忙期をはじめ、電話帳の配布といった地道な案件にも奔走。顧客からの信頼を積み上げていった。
個人事業主として誕生した同社は、1995年に有限会社として法人化。さらに山口氏が34歳となった2006年には株式会社化を果たし、組織としての形を整えていくことになる。
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