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単純に労働時間を増やすだけでは日本は“無理ゲー”化する、その理由働き方の見取り図(1/2 ページ)

単なる労働時間の増減は、賃金に影響を与えるのだろうか。共働きが当たり前となった社会の変化を踏まえ、これからの働き方と雇用政策のあり方を考える。

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 第2次高市内閣の発足後、雇用政策の議論の焦点が「労働時間規制の緩和」から「裁量労働制」へと移っています。いずれにも共通するのは、労働時間の制約を緩め、長く働けるようにすることを想定した施策である点です。

 長時間労働は批判の対象とされがちですが、良くない面ばかりとは限りません。NHKの連続テレビ小説『ばけばけ』で、小泉八雲をモデルにした登場人物・ヘブンが夜通し執筆するシーンは象徴的です。家族が少しでも物音を立てると「カンガエ、キエテ、ナクナル!」と激怒する様子が度々描かれています。

 仕事に長時間没頭しているうちにアイデアがひらめくこともあり、頭に浮かんだことを夢中でアウトプットしていると時間を忘れてしまうこともあります。そんな時は、途中で遮られたくないものです。ただ、過重労働が健康を損なうリスクを考えると、闇雲に労働時間を伸ばせるのが望ましいとも思えません。

 社会の構造は変化し続けています。雇用政策はともすると労働時間の長短の議論に終始しがちですが、それだけで十分なのでしょうか。本稿ではこれからの時代を見据えた時、どんな働き方が必要となるのか考えます。

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社会の変化の中で、長時間労働の是非を超えた働き方のあり方が問われている(提供:ゲッティイメージズ)

著者プロフィール:川上敬太郎(かわかみ・けいたろう)

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ワークスタイル研究家/しゅふJOB総研 研究顧問/4児の父・兼業主夫

愛知大学文学部卒業。雇用労働分野に20年以上携わり、人材サービス企業、業界専門誌『月刊人材ビジネス』他で事業責任者・経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。

所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声をレポート。

NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」他メディア出演多数。


労働時間は減っているのに豊かにならない現実

 厚生労働省が公表している「令和4年版 労働経済の分析」によると、1991年から2020年までの30年で米国の名目賃金は2.79倍も上昇しています。英国は2.66倍、ドイツも2.16倍と大きな伸びを示していますが、日本は1.11倍。為替レートの影響なども考えると単純比較はできないものの、日本の給与は海外各国ほど上がっていないようです。

 しかしながら、一人当たりの労働時間は着実に減少してきています。内閣府の「国民経済計算」によると、1995年の年間労働時間は1912時間でしたが、30年後の2024年には1662時間と250時間減少しています。一方で、雇用者数は5380万人から6184万人へと804万人増えています。割合で示すと約15%増です。労働時間が減って雇用者数が増えている大きな要因の一つは、パートタイマーの増加です。

 一方、給与や雇用主が負担する社会保険料などの総額である雇用者報酬の一人当たりの金額はほぼ横ばいで、ほとんど増えていません。1995年の494万円に対して、2024年は504万円。約2%の増加にとどまっています。

 少し様相が異なるのが、雇用者報酬の総額です。1995年を基準にすると、2024年は17%伸びています。一人当たりの金額はほぼ横ばいですが、総額では2桁の伸びとなっています。雇用者数も15%増えていることから、稼ぎ手の層が広がり、増加した層に雇用者報酬が割り当てられてきている様子がうかがえます。

 一人当たりの労働時間が減っているのは、生産性が上がって余暇が増えたからではありません。低賃金・短時間の働き手が増えたことで、統計上の平均値が下がったに過ぎないのです。つまり、一人一人が「短い時間で効率よく稼ぎ、豊かさを享受している」状態とは言い難いのが実態です。

共働き時代に生まれた「ステルス負担」

 かつては専業主婦世帯が主流で、多くの家庭では男性が大黒柱となり一人で家族の収入を支えてきました。しかし、いまは共働き世帯が専業主婦世帯の約3倍となり、家庭運営に必要な収入を夫婦が力を合わせて獲得するようになってきています。

 さらには、再雇用などで定年退職後も就業するシニア層も増えました。各家族の大黒柱だけが働き手となり生産活動に携わって社会を支える時代から、性別や年齢といった制限が外れ、就労意欲のある人が全員で生産活動に携わる時代へと社会構造自体が変わってきています。

 そうなると、家庭運営も全員が参加する構造へと変わっていく必要があります。ところが家事・育児などの家オペレーションにかかる工数(家庭工数)は、相変わらず女性に偏ったままです。一方、多くの男性はいまも専業就労者として仕事に100%の工数を費やしています。

 女性が働きに出るようになり、仕事工数が増えている一方で、女性の家事工数も男性の仕事工数もあまり減っていません。そのため、家庭運営の総工数に女性の仕事工数分が上乗せされた状態が、いつの間にか当たり前となってステルス(stealth:ひそかな)負担として定着したのです。

 家庭運営にかかる総工数を単純モデルで表すと、専業主婦世帯は、仕事工数100(夫)+家庭工数100(妻)=200となります。一方、妻がパートで働く共働き世帯は、仕事工数100(夫)+仕事工数50(妻)+家庭工数100(妻)=250です。共働き世帯は専業主婦世帯より、ステルス負担の分だけ時間や労力にゆとりがない家庭構造になっています。

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「専業主婦世帯」と「共働き世帯」の総工数比較(筆者作成)

 多くの家庭で、ステルス負担の大半は妻が負っています。少しずつ夫も家オペレーションの一部を担うようになってきてはいますが、夫の仕事工数が減っているわけではありません。

 妻から家庭工数を10引き受けると、夫の負担は仕事工数100と合わせて110となります。一方、妻の負担は仕事工数50と家庭工数90で140。夫婦共に工数が100を超えて疲弊する状態です。共働き世帯が主流となるなど家庭構造の変化を踏まえると、課題は労働時間をいかに減らすかであり、さらに増やすのは“無理ゲー”でしかありません。

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