「SaaSの死」にあらがうSansan 赤字覚悟で経理サービス振込手数料「月500回無料」に踏み切った狙い:「顧客ネットワーク」が鍵に(1/4 ページ)
Sansanが運営する経理サービス「Bill One」は2026年3月、振込手数料を実質無料にするプログラムを開始した。これは単なる値引きではない。背景には、独自のネットワーク構築で覇権を狙う、同社の戦略がある。
SaaS業界は、まだ傷が癒えていない。
2026年2月3日、AI開発企業米Anthropicが公開したAIエージェント「Claude Cowork」と、1月末に追加された11種の業務特化プラグインが引き金となり、世界のSaaS関連株が一斉に急落。1日で約42兆円の時価総額が消失した。
日本市場でもSansanは約17%、freeeは約14%下落。「Anthropicショック」「SaaSpocalypse」(SaaS黙示録)と呼ばれたこの暴落は、2024年末からくすぶっていた「SaaS is dead」(Microsoft CEOナデラ氏の発言が発端)の議論を受け、ついに市場がパニックを起こしたことを示唆している。
そんな中、Sansanが運営する経理サービス「Bill One」は2026年3月、振込手数料を実質無料にするプログラムを開始した。同社が銀行代理業者として提供する「Bill One Bank」から振り込めば、同行・他行を問わず月500回までキャッシュバックする。
取材を重ねると、これは単なる値引きではないことが分かった。請求書のやりとりとお金の流れの両方をBill Oneの中に取り込み、競合が簡単には追いつけない構造を先に作る──長期を見据えた一手だ。
Bill Oneのプロダクト責任者を務める笠場愛翔氏は、AI時代にSaaSに求められるのはプロダクトの機能ではないと語る。
「AI時代、プロダクトとしてのコモディティ化は進んでいく」(笠場氏)
Bill Oneはクラウド請求書受領サービス市場で売り上げシェア49.0%(2024年、デロイト トーマツ ミック経済研究所「ミックITリポート」調べ)を握り、4年連続首位の座にある。自社株が17%下落する痛みを経験した業界トップ自身が「プロダクトの差はいずれ消える」と認めている。
では、AI時代にSaaSはどのように生き残るのか。笠場氏はこう答えた。「最後に残るのは、既存顧客とのネットワーク、そのワークフローの深さだ」──取引先まで巻き込んだネットワークを、プロダクト機能に代わる参入障壁と位置付けている。
「SaaS is dead」生き残りの一手 赤字覚悟の先行投資
Bill One Bankは、SaaSに銀行を埋め込んだサービスである。
Sansanが2024年3月に銀行代理業の許可を取得し、住信SBIネット銀行の基盤を使って提供している法人向けの口座サービスだ。同社いわく「初の法人向けNEOBANK」だという。
核となるのは、Bill Oneで発行した請求書とBill One Bankの口座への入金をリアルタイムで突き合わせる連携機能で、これまでは主に売り上げ側、つまり入金消込の自動化を担ってきた。今回のプログラムは、その役割を支払い側にも広げる施策だ。
対象はBill Oneを新規契約し、Bill One Bankの口座を開設した企業。前月の振込のうち最大500回分の手数料がキャッシュバックされ、同行宛てか他行宛てかは問わない。全銀(FB)データを使った総合振込サービスの月額利用料も無料になる。
ここで問題になるのが原資である。笠場氏によれば「キャッシュバックの資金は基本的にほぼ持ち出し」だという。銀行代理業者として口座収益の一部はレベニューシェアで戻ってくるし、預金の運用益もいくばくかはある。それでも大半はSansanの持ち出しで成立している。
その金額の規模感について、笠場氏は「Bill Oneのサービス料とトントンになるぐらい」と説明する。顧客が支払うサブスク料金を、振込手数料の肩代わりでほぼ帳消しにする水準だ。SaaSが銀行機能を抱え込み、しかも赤字覚悟で提供する。金融サービスの外付けではなく、プロダクトの一部として銀行業務を飲み込んだ結果の判断だ。
笠場氏はこの施策を「構想実現のための第一歩。いわゆる先行投資」と言う。
では、何のための先行投資なのか。答えは、経理現場で日常的に起きている「無駄な業務」の存在にある。
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