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なぜ、後発の「すき家」が「吉野家」を抜いたのか? 牛丼×チーズという提案が生まれた背景長浜淳之介のトレンドアンテナ(1/6 ページ)

すき家を擁するゼンショーホールディングスで代表取締役会長を務めた小川賢太郎が4月6日に逝去した。ゼンショーはなぜ、1兆円企業となれたのか?

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著者プロフィール

長浜淳之介(ながはま・じゅんのすけ)

兵庫県出身。同志社大学法学部卒業。業界紙記者、ビジネス雑誌編集者を経て、角川春樹事務所編集者より1997年にフリーとなる。ビジネス、IT、飲食、流通、歴史、街歩き、サブカルなど多彩な方面で、執筆、編集を行っている。


 「すき家」や「はま寿司」など、多くの外食ブランドを国内外で展開するゼンショーホールディングス(以下、ゼンショーHD)の創業者であり、代表取締役会長を務めた小川賢太郎氏が4月6日に逝去した。77歳だった。

 小川氏は異色の経歴を持つ人物だ。ベトナム戦争のさなか、東京大学在学中に学生運動に身を投じて中退。横浜港で港湾労働者として働き、プロレタリア革命を志すも挫折した。その後、資本主義の中で飢餓と貧困の解決を目指し、中小企業診断士の資格を取得。1978年に吉野家へ入社し、経理部次長として資金繰りに奔走したが、同社は経営破綻に至った。


故小川氏(出所:プレスリリース)

 失意の中、小川氏は部下3人と独立。外食世界一を掲げ、1982年に横浜市で創業したのが、現在のゼンショーHDである。

 当初はレストランを開く資金がなく、6坪の弁当店から出発。その後、資金を蓄えて牛丼店「すき家」を開業し、同ブランドを急成長させた。

 さらに、なか卯やココスなどを次々と傘下に収め、2011年には日本マクドナルドを上回り、日本の外食企業で売上高1位に。2025年3月期の連結決算では、外食業界で初めて売上高1兆円に到達している。

 活動家として革命を志し、マルクスに学びながら、やがて経営を“科学”として捉え直した小川氏。今回は、その異色の経営哲学と手腕に迫りたい。


なぜ急成長できたのか(筆者撮影)

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