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なぜ、後発の「すき家」が「吉野家」を抜いたのか? 牛丼×チーズという提案が生まれた背景:長浜淳之介のトレンドアンテナ(2/6 ページ)
すき家を擁するゼンショーホールディングスで代表取締役会長を務めた小川賢太郎が4月6日に逝去した。ゼンショーはなぜ、1兆円企業となれたのか?
ゼンショーHD創業の歴史
横浜市鶴見区の京急本線の生麦駅近くに古い倉庫を借り、チェーン本部を立ち上げたのが、ゼンショーHDの始まりだ。「ゼンショー」には、「全勝」「善商」「禅商」といった複数の意味が込められている。
当時の生麦周辺には、労働者向けの古いアパートが立ち並んでいたという。その中でも、ゼンショーHDの本社事務所兼工場はひときわ年季の入った建物だったとされている。
小川氏らは、生麦駅近くの国道15号線(第一京浜)沿い、大黒ふ頭方面へ向かう道路との三叉路に、持ち帰り弁当店「ランチボックス」を出店した。さらに牛丼店「すき家」1号店も開業した。
ゼンショーHDの広報によると、このすき家1号店は生麦駅前という工業地帯に近い立地だったため、工場勤務の労働者などを主な客層に想定した、カウンター中心の店舗だったとみられるという。一方、すき家2号店は横浜市神奈川区白楽エリアに開業。白楽は神奈川大学に近く、住宅・学生街でもある場所だ。学生や家族連れなど、より幅広い客層を取り込む狙いがあったと考えられる。結果として、この2号店が軌道に乗り、後の成長につながった形だ。
ゼンショーHDの出発点となった生麦の商店街では、「東京大学や早稲田大学に行っていた人が、こんな古い建物で何を煮炊きしているのかと思ったら、2〜3年後には高級車に乗っていた」という逸話が、今も伝説のように語られている。
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