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なぜ、後発の「すき家」が「吉野家」を抜いたのか? 牛丼×チーズという提案が生まれた背景長浜淳之介のトレンドアンテナ(3/6 ページ)

すき家を擁するゼンショーホールディングスで代表取締役会長を務めた小川賢太郎が4月6日に逝去した。ゼンショーはなぜ、1兆円企業となれたのか?

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吉野家を抜いたすき家、その理由は?

 現在も営業している最も古いすき家は、1985年に開業した神奈川県の平塚店とされる。駅前一等地ではないものの生活道路に面した立地で、近隣住民のファミリー層と、車で通勤する会社員の双方を取り込める場所だった。


すき家のドライブスルーの窓口(筆者撮影)

 初の本格的なロードサイド店舗は、1987年に開業した水戸店である。それ以降、すき家は郊外のロードサイドを主戦場に店舗網を拡大し、2008年には吉野家を抜いて、牛丼チェーン店舗数で業界首位に立った。

 すき家の躍進の背景には、立地戦略の違いがある。吉野家や松屋が都市部の駅前を主軸としていたのに対し、すき家は車社会の需要を先取りした。さらに、カウンターだけでなく、ゆっくり座れるテーブル席を設けることで、単身客だけでなく家族連れにも対応。牛丼店でありながら、ファミリーレストランのような需要を開拓した。


とろ〜り3種のチーズ牛丼(筆者撮影)

 また、「ハンバーガー業界には、チーズバーガーや月見バーガーなどのようにトッピングを生かした人気商品が数多く存在する。なぜ牛丼にはそれがないのか」と考えた小川氏は、1997年には業界初となるトッピング牛丼を投入。「とろ〜り3種のチーズ牛丼」や「キムチ牛丼」など、従来の牛丼の枠を超えた商品提案で、牛丼を食べる機会を広げていった。現在では当たり前となった“牛丼のカスタマイズ需要”を、小川氏はいち早く見抜き、商品化へとつなげたのである。

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