「食べログ」「価格.com」を各社が“喉から手が出る”ほど欲しがるワケ カカクコム、約5900億円でTOB検討:古田拓也「今更聞けないお金とビジネス」
「価格.com」「食べログ」を運営するカカクコムを巡り、各社による争奪戦が繰り広げられている。
筆者プロフィール:古田拓也 株式会社X Capital 1級FP技能士
FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックスタートアップにて金融商品取引業者の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、広告DX会社を創業。サム・アルトマン氏創立のWorld財団における日本コミュニティスペシャリストを経てX Capital株式会社へ参画。
スウェーデンの投資ファンドEQTが出資する特定目的会社「Kamgras 1」は5月12日、「価格.com」「食べログ」を運営するカカクコムに対し、1株3000円、総額約5935億円規模のTOB(株式公開買付け)を発表した。
カカクコム取締役会と特別委員会は全会一致で賛同を表明し、大株主のKDDIやデジタルガレージもTOBへの応募に合意。買付期間は5月13日から7月2日で、成立後は上場廃止となる見通しとなっている。
この話は単純には終わらなかった。直後、米Bain CapitalとLINEヤフーの連合が対抗提案を投げ込んできたのだ。
LINEヤフーは「Yahoo!ショッピング」「PayPayモール」「Yahoo!検索」とのシナジーを狙っていた。カカクコムを巡って、グローバルPEファンドと国内プラットフォーマー連合の買収合戦となった。5月14日には、LINEヤフーらがEQTの買い付け価格を上回る価格を提示し、再提案したと報じられた。
カカクコムは、業績好調で純利益率20%超、ROEも高く財務の安定した経営基盤でも知られる。
しかし、今回の買収合戦はそれらの魅力だけで語り尽くせるものではない。AI時代にカカクコムの保有するデータが、これまで以上に希少価値を帯び始めている。
「食べログ」「価格.com」を各社が“喉から手が出る”ほど欲しがったワケ
カカクコムの真の強みは、サービス名から想像される「価格比較サイト」ではない。同社が25年以上かけて積み上げてきたのは、消費者の購買意思決定に直結する構造化データの巨大な基盤だ。
数十年に渡る家電・PC・カメラなどの製品スペックと型番別の時系列価格データ、ユーザーレビューと評点、食べログの飲食店評価と口コミ、求人ボックスの労働市場データ、保険・不動産・自動車の比較データ──これらはいずれも、今からWeb全体をスクレイピングしても得られない、構造化されたデータである。
生成AI、特にショッピングエージェントや意思決定支援AIにとって、この種のデータは喉から手が出るほど欲しい資産ではないだろうか。「いま、この型番のテレビはいくらで、どの店舗が在庫を持ち、ユーザーは何を評価しているのか」といった、リアルタイムの情報だけでなく、過去の経緯なども踏まえた情報基盤という切り口でみれば、カカクコムの保有データは非常にユニークな資産であるといえる。
AI学習データ提供が勝ち筋に
参考になるのが、noteの「AI学習対価還元プログラム」だ。
同社は2025年8月から、提携AI事業者にnote上のテキストコンテンツを学習データとして提供し、その対価をクリエイターに還元する仕組みを始動した。
クリエイターエコノミーの収益化という側面以上に「日本語の高品質テキスト」を持つプラットフォームが、米Googleや米OpenAIといった基盤AIモデルを提供する事業者にとっての学習データの提供元、すなわち戦略的サプライヤーになることを示した事例であるといえそうだ。
同じ構図はグローバルでも先行している。大手掲示板型ソーシャルニュースサイト「Reddit」を手掛ける米RedditはGoogleと年間約6000万ドル規模のデータライセンス契約を結び、続いてOpenAIとも年間約7000万ドル規模で提携した。
プログラミングやIT技術に関する情報Q&Aサイト「Stack Overflow」も2024年5月、15年分の技術Q&AデータをOpenAIに提供するAPIパートナーシップを発表している。
これらに共通するのは「他では取れない、構造化された一次データ」を持つ事業者ほど、AIスケーラーから直接ライセンス料を取れるという構図だ。
カカクコムが持つアセットは、Redditの掲示板書き込みといった水平的なデータとは異なり、ビジネス利用という垂直的な価値を提供できそうだ。
ChatGPT、Gemini、Claude、Perplexityといったエージェントが、ユーザーの「日本でいま買うなら何がコスパ良い?」という問いに答えるとき、価格.comや食べログの評価データを参照できれば、回答品質は段違いに上がるだろう。
実際、海外ではAmazonやBooking.com、Yelpといったレビュー・価格データホルダーが、AIエージェント連携で主導権を握り始めている。
AI時代の勝ち筋 「賢いモデル」→「独占的なデータ」へ
EQTの目線はおそらく、AI時代のデータライセンス収益と、エージェントコマース、アフィリエイトなどの伸びしろを踏まえて企業価値を高め、他の事業体に再売却するといったファンドとしてのキャピタルゲイン目的にあると考えられる。
一方Bain×LINEヤフー連合は、Yahoo!ショッピングやPayPay経済圏との統合により、日本のEコマースとローカルサーチで圧倒的なデータ独占を狙う構図をもくろんでいたと考えられる。
これまでカカクコムは、従来の株価ベースでPER(Price Earnings Ratio、株価収益率)がせいぜい20倍程度で評価されていた。これは、同社が成熟した広告・送客モデルとして見られていたからだ。
だがAIエージェントの普及シナリオに乗ると、同社は「AIモデル向けのデータ基盤」というカテゴリで再評価されうる。
5900億円という値札は、現状からすれば高いとも思われるが、AI時代のデータインフラへの先行投資としては、むしろ妥当か割安と見られても不思議ではない。
買い手はEQTに決着したが、本質はどこが買うかではないだろう。むしろ、AI時代の勝ち筋が「賢いモデルを持つ者」から「独占的なデータを持つ者」へと移りつつあるという地殻変動を観測すべきである。
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