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「正論」では動かない自治体DX 成功事例の横展開がプロジェクトを停滞させる理由(2/3 ページ)

自治体DXの推進が全国で進む一方、現場ではプロジェクトの停滞や“形だけの導入”に陥るケースも少なくない。背景には、制度や仕組みといった「正論」が先行し、人を動かす視点が置き去りになっている現実があるのではないか。CIO補佐官として全国の自治体を支援する筆者が、変革を進めるために必要な視点を考察する。

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「成功事例」をまねても、自治体DXが進まない理由

 再現性や客観性といったサイエンスの力を生かしつつ、同時にその土地ならではのストーリーや人の心を動かすアートの要素を併せ持つことで「合理性」と「納得感」の両立を目指す。これがこれからの自治体DXに求められる姿勢だと筆者は考えます。

 ところが、現実にはどうでしょうか。総務省が掲げた「自治体DX推進計画」では、分野別に手順書が提示され、どのように進めていけばいいのかを記しています。サイエンス的なアプローチが中心となっているといえます。

 また、特定の自治体が生んだ「成功事例」を全国へ横展開しようとする動きも、自治体にはよく見られます。これはまさに、再現性を前提としたアプローチです。しかし、良い事例を生み出した背景は、サイエンスだけでは語ることができません。

 国が紹介する成功事例は、往々にして「〇〇というツールを導入して効率化した」という結果(サイエンス)ばかりが強調されます。しかし、その裏には以下のような「語られない成功の本質」(アート)があります。

  • 突破した個人の執念:担当者が100回説明に回って反対派を説得した。
  • タイミングの妙:市長が選挙直後で強力なリーダーシップを発揮できた。
  • 独自の組織文化:もともと部署をまたいだ飲み会が多く、話が通りやすかった。

 失敗を恐れずに新しいツールを試せる空気を作るのは、制度(サイエンス)ではなく、リーダーの振る舞いや言葉選び(アート)ですし、DXに不安を感じるベテラン職員や「仕事が増える」と反発する現場に対し、彼らのプライドを傷付けずに「これはあなたのための変化だ」と納得させる話術には、高度なコミュニケーション力が求められます。

 そして、理屈ではなく「この人と一緒に仕事がしたい」「この変革は面白そうだ」と思わせる求心力やカリスマ性は、計算では導き出せません。

 国が展開するのは「ツール」ですが、本当に横展開が必要なのは、こうした「泥臭い調整のノウハウ」です。しかし、これらのノウハウはマニュアル化しにくいため、結果として「ツールだけを提供して組織や現場が動かない」状態に陥ります。

 「良い事例」とは結果であり、他団体がそれを再現すべく同じツールを導入してもうまくいく保証はないのです。

プロジェクトを停滞させる「3つの構造問題」

 最近では、人材育成やデジタル人材の市町村への配置が大きなテーマとなっています。

 「都道府県単位」で「人材をプール」して、それぞれの市町村へ「派遣」した上で「伴走支援」する。これらのキーワードを基に、2025年度末から2026年春にかけて、全国の都道府県がこの取り組みを運営する事業者を公募調達していました。

 これは一部の県が先行して実施し、その成果が「良い事例」として他の自治体に横展開されたものです。

 確かに、先行県ではこの取り組みがうまく機能しているのでしょう。しかし、先ほど述べたように、単に事例や手法をなぞるだけでは再現性を期待することは難しく、思うような成果につながらないケースもあるでしょう。そこにはアート的な工夫や要素が求められるのです。

 自治体DXを推進するには組織自体の変革が求められますが、その過程でアートの役割が重要になる理由を整理します。

 自治体という組織には、民間企業以上に「前例踏襲」や「横並び意識」といった強い同調圧力が存在しています。こうした強い組織慣性を乗り越えるためには、サイエンス(正論)だけでは力不足なのです。なぜならば、サイエンスは正解を提示してくれますが、納得や熱狂は生まれないからです。

 現在の自治体DXの取り組みでは「論理」や「制度」などのサイエンス的な側面が先行し、実行しきれずに途中で止まってしまうケースが散見されます。いわば、構想と実行の間に横たわる自治体DXの「死の谷」です。

 自治体で、新しい取り組みがサイエンスに偏ってしまうのには、構造的な理由があります。

1.「説明責任」の壁

 予算を通し、議会や住民に説明するには「論理的な正しさ」が最強の武器になります。逆に、直感やワクワクを根拠に予算を勝ち取るのは難しいため、どうしても思考がサイエンスに偏ります。

2.「導入」がゴールになりやすい

 システムの標準化やツールの導入は、完了したかどうかが明確です。しかし、その先の「文化を変える」「住民体験を劇的に良くする」といった領域は終わりがなく、評価も難しいため、つい後回しにされてしまいます。

3.失敗への恐怖

 サイエンスは「前例」や「仕様」に基づきますが、アートは「試行錯誤」を伴います。減点方式の組織文化では、不確実なアートよりも、確実な方法にとどまる方が安全です。

 しかし、前述したように自治体DXの成功には、アートの視点が必要不可欠です。正論では人は動かない。共感こそが人を動かす――これこそが、自治体DXの組織論が最終的にアートに行き着くと筆者が考える理由です。

 どれだけ優れたシステムを導入しても、それを運用する職員の心が動かなければ、プロジェクトは形だけのものとなり、やがて立ち行かなくなってしまうでしょう。

 「仕組み(サイエンス)で安心感を維持しつつ、物語(アート)でワクワク感を与える」

 この両輪がバランスよく噛み合ったとき、初めて組織が自律的に動き出すのではないでしょうか。

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