「辞表もってこい」「給料返せ」――300ページ超のエア・ウォーター調査報告書を読む 不適切会計がなぜ相次いだ?(1/2 ページ)
エア・ウォーターの不適切会計に関する調査報告書は、300ページを超える。読み解いていくと、不適切会計に至った経緯と原因が見えてくる。
「辞表をもってこい」「お前はクビや」「今まで払った給料返せ」――これらは、産業ガス大手エア・ウォーターの会長(当時)が部下に放ったとされる言葉だ。同社が4月3日に公表した、不適切会計に関する特別調査委員会の調査報告書(3月31日付)に事件の全容が記載されている。
2025年7月、エア・ウォーターの連結子会社である日本ヘリウム(神奈川県川崎市)で、ヘリウム在庫を巡る不適切会計(損失の先送り)が発覚。内部調査の結果、グループ会社など37社で不正が明らかになった。連結財務諸表への影響額は、売上収益換算で累計約240億円に達するという。
300ページを超える調査報告書には、同グループ会社による不適切会計の数々が並ぶ。
「在庫の過大計上、資産評価の先送り、売上の過大計上・先行計上、不要な取引先を介在させて行う連結売上高の嵩上げ、引当金の計上回避、資産性のない支出を資産に計上して行う益調整等、売上や利益を嵩上げする目的で様々な手法による不適切な会計処理が幅広く行われており、内部統制上の問題を多く含んでいる」(調査報告書より)
内部調査をしたところ、データの改ざんや書類の偽造など「グループの従業員による調査妨害というべき行為が行われていた」(調査報告書より)という。不正の実態解明を促進するために、調査協力と引き換えに社内処分を減免する「社内リニエンシー制度」を導入すると、リニエンシー申請数は875件に上った。
こうした不適切会計はなぜ起きたのか。調査報告書を読み解くと、経緯と原因が見えてくる。
「帳簿の半数が架空在庫」 日本ヘリウムによる不適切会計の実態
本稿では、日本ヘリウムの事案に絞って経緯と原因を整理する。登場人物の表記は調査報告書に基づいており、役職は当時のものとなる。
日本ヘリウムは、ガスヘリウムおよび液体ヘリウムの輸入・販売を手掛けている。エア・ウォーターの事業ユニットの管理下にあり、経営計画や予算執行、棚卸し資産の廃棄などは親会社の承認が必要とされている。
ヘリウムは、ガスという特性から「減圧のための放出」「液体ヘリウムの気化」などによって運搬・保管時に一部が失われて(ロスして)しまう。ロスした分は損失として処理する必要があるが、同社は「減少量の過少評価」「損失処理の先送り」という不適切な会計処理をしていた。ロスしたはずのヘリウムが在庫として計上され、2025年7月の調査で「帳簿上の原材料の半数以上が架空在庫」(調査報告書より)だったと判明した。
黒字へのプレッシャーから……不適切会計の経過を追う
日本ヘリウムでは、J氏(統括本部長)が在庫管理を担当していた。2019年7月ごろから、ヘリウム原材料のロスを意図的に過少計上して損益を調整していたという。2023年度後半になると、ヘリウム市場は供給過多となり、日本ヘリウムの業績が悪化した。
「(エア・ウォーターから日本ヘリウムに対して)月次損益を赤字にしないようにとのプレッシャーがある中で、J氏は、実際の損益をありのまま報告した場合の業績未達の指摘を懸念し、少しでもロスを削減して損益を良く見せる目的で、損益調整のためのロス計上の回避を大きく増加させていった」(調査報告書より)
2025年3月、監査法人の実地棚卸しが入るのを前にJ氏は、同社のEk社長に対して「2025年3月末までに約3億円のロス処理が必要であること」「さらに7億円の未処理ロスがあること」「意図的なロスの過少計上によって生じたものであること」を報告。同社とエア・ウォーター間で対応が協議されたが、その時点では従来通りロス処理の先送りをすることになった。
2025年4月にJ氏が異動した後も、不適切な会計処理が数カ月続いた。同年7月に保有在庫を測定したところ、帳簿にある在庫の半分以上が架空だと判明。実在性のない在庫の損失処理をしたのは9月末だった。累積的な影響額(棚卸し減耗損)は20億200万円に上った。
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