レクサスが求めた「街の石材店」 「捨てる石」がブランドになった逆転の発想:アセットの「再定義」(3/4 ページ)
墓じまいの広がりなどで墓石市場が縮む中、稲垣石材店は石の器ブランド「INASE」を新たな柱に育てている。器づくりで培った加工技術は、レクサスの作品にも用いられた。
墓石づくりの技術が、唯一無二の器になる
INASEの特徴は、顧客の要望を丁寧に聞き取り、石の種類や厚み、加工方法まで提案しながら、一つ一つオーダーメイドで形にしていく点だ。料理人などの、石に詳しくない顧客から「こんなものは作れるか」と相談を受けることも多いが、稲垣氏は「やったことがないから無理、とは言わない」と決めているという。
要望を受け止めた上で、職人と実現可能性を検討し、石のプロとして最適な石種や加工方法を提案する。方向性が固まれば、食器であれば料理人の意見も取り入れながら仕上げていく。こうした伴走型のものづくりが、「相談できる石材店」という独自の立ち位置につながっている。
その土台にあるのが、約100年にわたって墓石や石像づくりで培ってきた加工技術だ。墓石づくりでは、大きな石を寸法通りに切り出し、表面を均一に磨き上げ、美しく仕上げる精度が求められる。一方、INASEではあえて、石を割った際に現れる凹凸や、天然石ならではの模様や質感をデザインとして生かすことも少なくない。
「同じ石でも、磨けば光沢が出ますし、あえて磨かず自然な質感を残すこともできます。どちらを好むかはお客さまによって異なります」
墓石とは使う石も加工方法も異なるため、職人は案件ごとに新しい石と向き合うことになる。これまで加工した石は約100種類に上るという。
技術力が特に問われたのは、あるフレンチレストランのシェフから受けた「石そのものを器にしたい」という依頼だった。スープなどの液体も盛り付けられるよう、石の中心部をくり抜いて器を作り、さらに石製のふたを載せても継ぎ目が分からないように仕上げた。
「石は自然物なので、もともと亀裂や傷が入っていることがあります。加工して初めて亀裂が見つかることもあり、その場合は液体が漏れてしまう恐れがあるので使えません。途中まで加工しても廃棄せざるを得ないことも少なくありません」
価格は原石代と加工時間を基に決めている。箸置きなどの小物やシンプルな平皿は2000〜5000円ほど、すし台やふた付きの器は2万〜4万円ほど。丸一日かけて製作するような製品では5万円を超えることもある。
こうしたものづくりは、やがて飲食業界の枠を超えて広がっていった。当初は飲食店向けのブランドとしてスタートしたが、口コミやSNS、メディアを通じて認知が広がり、植物を生ける花器やお香立てのほか、住宅や商業施設の内装、什器(じゅうき)、家具などの依頼も寄せられるようになる。これまでの相談件数は400件を超え、その約3分の2が法人だという。
取引先の一例が、全国で工芸品や生活雑貨を扱う中川政七商店だ。オンラインショップではINASEの器を販売するほか、一部店舗では什器用の石も採用された。また、岡崎市内のアウトレットモールには、岡崎産の石を使ったベンチを納入した。
レクサスとの仕事も、こうした広がりの中から生まれた。きっかけは、愛知県内で発行される新聞に掲載されたINASEの記事だった。レクサスのデザイナーが記事内の黒い石の器を印象深く覚えており、新たな作品で黒い石を使う構想が持ち上がった際、稲垣石材店へ相談したという。
稲垣氏は作品のイメージに合う石種や必要な厚み、加工方法を提案し、デザイナーとともに仕様を詰めていった。こうして完成したのが、2026年4月のミラノデザインウィークで公開されたレクサスのインスタレーション作品「SPACE」だ。その床には、稲垣石材店が加工した石と技術が採用されている。
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