最低賃金「1176円」 “年収の壁”崩壊で迫る「生き残る職場」と「消える職場」の分かれ道:働き方の見取り図(2/2 ページ)
2026年度の最低賃金は全国平均1176円となる見込みだ。収入増への期待が高まる一方、その先には求人や「年収の壁」、働き方を巡る変化も待ち受ける。1500円時代を見据え、日本の労働市場はどう変わるのか。
最低賃金が壊した“年収の壁”と次に現れるラスボス
近年、最低賃金がハイペースで引き上げられていることによって、主婦層など扶養枠で働く人の収入制限になっている「年収の壁」にも影響が出ています。中でも顕著なのは、厚生年金保険と健康保険の加入条件となる106万円の壁(月額8万8000円以上)です。
いま、最低賃金は高知・宮崎・沖縄県の1023円が最低額になっています。厚生年金の加入に当たっては収入だけでなく、週20時間以上勤務などの条件も満たす必要がありますが、1023円はギリギリ条件を満たす週20時間勤務でも月額8万8000円を超える水準です。
そのため、106万円の壁という収入条件は実質的に意味をなさなくなり、2026年10月から廃止される予定となりました。最低賃金の急激な上昇によって年収の壁の一角が崩れ、制度そのものの見直しを後押しした格好です。
他にも年収の壁には、国民年金と国民健康保険の加入条件となる130万円の壁や、配偶者の勤め先から支給される家族手当などの条件になっていることが多い103万円の壁などがありますが、最低賃金が上がるほど保険料支払い分や家族手当分以上の収入が得やすくなってきています。
厚生労働省が公表している「厚生年金保険・国民年金事業の概況」を確認すると、直近のデータである2024年時点で、扶養枠内の第3号被保険者の数は641万人です。2004年には1099万人だったので、20年で458万人も減少したことになります。年収の壁を意識せず働く人が増えていることも、その背景の一つと考えられます。
ただ、106万円の壁はなくなっても週20時間以上という加入条件は残ります。そのため、障壁は106万円という収入の壁から、週20時間という時間の壁へと変わることになります。
ここで注意が必要なのは、各家庭の中でそびえている「時間制約の壁」です。子どもを保育園に迎えに行く、家族の夕飯の支度をするなど、男性の前にはまだ少なく、女性の前だけにそびえていることが多い壁です。
時間制約の壁は家庭の中にあるため、職場側が努力しても根本的にはなくなりません。そもそも、この壁さえなければ年収の壁など気にすることなく思う存分働けるようになるだけに、ラスボスとも言える存在です。
「1500円時代」を生き残る職場の条件とは
最低賃金の上昇をきっかけに106万円という収入の壁が一つ崩れたからこそ、今後はこの時間制約の壁の存在がより一層浮き彫りになっていきそうです。
最低賃金がこのまま上昇して1500円となると、時間制約の壁があってもかなりの収入増が期待できます。最低賃金の全国平均は2023年に1000円を超えたばかりですが、1500円はその1.5倍の水準です。最低賃金水準で年収100万円だった人であれば、同じ時間働いて得られる金額が150万円となり、50万円も収入が増える計算になります。
年収の壁も時間制約の壁も、最低賃金の上昇が課題解決の一役を担うかもしれません。ただ、問題は引き上げるペースです。政府が7月に発表した「日本成長戦略」には、最低賃金について「遅くとも2030年代前半できる限り早期に全国平均1500円を達成する」と明記されています。
石破政権時代には2020年代での達成を目指していたのでややペースダウンしたものの、2034年に1500円に到達すると仮定した場合、毎年41円の上乗せを続けることになり、そこそこのハイペースと言えます。
労働環境の様子を見つつ慎重に進めていかないと、悲観的な未来へと突き進んでしまう怖さもあります。特に、最低賃金近辺の時給で働いていることが多いアルバイト・パート層を雇用し、大手企業に比べると総じて財務体力に課題がある中小・零細企業にとっては大きな打撃となりかねません。
職場では、最低賃金の上昇に見合う生産性向上に取り組んでいくことが求められます。無駄な会議や形骸化した社内承認手続きなどをなくすことはもちろん重要です。加えて、AIをはじめとするテクノロジーの活用範囲を広げて、人が複数の業務を担えるよう対応力を高めたり、よりクリエイティブな役割に注力したりして、生産能力を高めていくのが一つの方法です。
さらに、在宅勤務できる環境整備やフルフレックスの導入など、時間に融通を利かせやすくすることで、時間制約があってもその範囲で可能な限り柔軟に働ける体制を整えることも対応の一つです。2つの取り組みはどちらか一方だけでも効果が期待できますが、両輪として同時に回していくことができればより大きな効果が期待できます。
政府はペースを慎重に見極めながら最低賃金を上げ、職場は生産性向上に取り組み、働き手も、収入増に見合う成果を生み出せるよう、スキル向上や業務手法の改善に取り組む。そんな連携をうまく機能させることができれば、政策・経済・雇用が相乗効果を発揮して好循環を生み出し、楽観的な未来像へと近づけていくことができるのではないでしょうか。
著者プロフィール:川上敬太郎(かわかみ・けいたろう)
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市生まれ。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者、業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員の他、経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声を調査。レポートは300本を超える。雇用労働分野に20年以上携わり、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構 非常勤監査役の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
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