「AI駆動型国家」の落とし穴 「自治体システム標準化」の“失敗”を繰り返さないための教訓とは(1/2 ページ)
自治体システム標準化の次に、政府が描くのは「AI駆動型」の行政だ。AIエージェントによって行政はどう変わるのか。標準化の経験から、その可能性と懸念を考える。
著者プロフィール:川口弘行(かわぐち・ひろゆき)
川口弘行合同会社代表社員。芝浦工業大学大学院博士(後期)課程修了。博士(工学)。2009年高知県CIO補佐官に着任して以来、省庁、地方自治体のデジタル化に関わる。
2016年、佐賀県情報企画監として在任中に開発したファイル無害化システム「サニタイザー」が全国の自治体に採用され、任期満了後に事業化、約700団体で使用されている。
2023年、公共機関の調達事務を生成型AIで支援するサービス「プロキュアテック」を開始。公共機関の調達事務をデジタル、アナログの両輪でサポートしている。
現在は、全国のいくつかの自治体のCIO補佐官、アドバイザーとして活動中。総務省地域情報化アドバイザー。公式Webサイト:川口弘行合同会社、公式X:@kawaguchi_com
こんにちは。「全国の自治体が抱える潜在的な課題を解決すべく、職員が自ら動けるような環境をデジタル技術で整備していくこと」を目指している川口弘行です。
政府は7月21日に「デジタル社会の実現に向けた重点計画」を閣議決定しました。
今回は、この重点計画から見えてきた新しい方向性と、現在も自治体の現場を悩ませている「自治体システム標準化」の到達点について考えてみたいと思います。
重点計画には「AI駆動型国家」という言葉が登場します。これはどういうことなのでしょうか?
閣議決定の翌日、筆者は自身が日常業務でも使っているAIエージェント「Storage Manager」にこの重点計画の概要を読み込ませて、幾つか質問を投げかけてみました。
すると、AIエージェントは次々と項目を拾い上げ、筆者の質問に対して的確に回答を返してくれました。このような形で、自分の関心に沿って、AIと対話しながら膨大な政策文書に対する理解を深めていく作業は、数年前であれば想像もできなかったことです。
この体験を通じて感じたのは、重点計画が描く未来像であるAI駆動型国家とは、筆者がいま体験していることと重なっている――ということでした。詳しく考えていきましょう。
「AI駆動型国家」のカギを握る「AX」とは何か
重点計画において、これまでの「DX」に並んで「AX」という言葉が前面に打ち出されています。AXとは「AIトランスフォーメーション」のことで、計画では「あらゆる組織で、AIを前提として意思決定や業務の進め方を根底から見直すこと」と定義されています。
DXが「デジタル技術を活用して業務や組織を変革する」ことだとすれば、AXはさらに一歩進んで「AIが前提となった世界で、組織をどう動かすか」を出発点とするのです。
DXが定義の曖昧(あいまい)なバズワードと化してしまっている時点で、AXの定義を語ることに意味があるのかは不安なところですが、例えるなら、
- 従来のデジタル化・情報化:「電動工具」を導入して、個人の作業効率を上げる
- DX:「電動工具やデジタルデータ」がある前提で、現場の作業手順や組織の動線を組み直す
- AX:工作作業を自動化し、人間は別の業務や新たな価値発揮に時間を注ぐ
――と整理できるでしょう。電動工具を導入しただけでは仕事の順序は変わりませんが「電動工具がある前提」で工程全体を組み直せば、業務の在り方は根底から変わるかもしれません。
重点計画では、このAX/DXを一体で推進し、AIエージェントを徹底活用することで「自律型」「提案型」の行政サービスを実現し、それにより「AI駆動型国家」を目指すとしています。
これまで行政サービスは、住民からの申請を受けて処理する「受動型」が基本でした。しかしAIエージェントが普及すれば、住民一人一人の状況に応じて「この支援を受けられますよ」「この手続きが必要ですよ」と行政の側から提案できる可能性があります。
補足すれば「提案型の行政サービス」というのは、AIが身近になる以前から語られてきたもので、それ自体に新しさはありません。ただ、効果的に実現するためのテクノロジーがなかったのです。AIの進化によって「これまで足りなかったピースを埋められるのではないか」という期待がAXという言葉に込められているのでしょう。
「自治体システム標準化」の次に、国が描く「AI駆動型」の行政
「AI駆動型国家」の実現に向けた基盤として、重点計画は「自治体のAX/DX基盤の高度化・強靱(きょうじん)化」を掲げています。その中で、長年進めてきた自治体システム標準化の振り返りと次のステップが明記されている点に、筆者は強く関心を持ちました。
2021年5月に「地方公共団体情報システムの標準化に関する法律」が公布され、全国の自治体が、国の定める標準仕様に準拠したシステムを利用し、原則としてガバメントクラウド上で運用する姿が描かれました。そして2026年3月末時点で、対象システムのうち、全体の約7割のシステムが標準化移行を完了したとされています。数字を好意的に受け取れば、標準化は一つの節目を迎えたことになります。
しかし、筆者の実感は異なります。標準準拠システムへの移行を終えた自治体でも、現場で耳にするのは「移行は終わったが、本来期待していた効果は見えない」「むしろ悪化した」といった声です。
重点計画は、この点について「標準化に係るこれまでの取組の課題の把握・検証」という項目を明記しています。そして次のステップとして、AIエージェントを利用した「自律型」「提案型」行政サービスの実現を掲げているのです。全国の自治体は、成功体験を得ることなく標準化のゴールをさらに遠くに動かされたようにも見えます。
重点計画が描く次の段階を整理すると、次のようになります。
標準化によってデータ構造が共通化されたことを「前提」として、自治体向けソフトウェアを「公共SaaS」として提供する環境整備を進めます。ベンダーは国が用意する共通開発基盤を活用することで、効率的に公共SaaSを開発できます。自治体はソフトウェアを個別に導入してクラウド環境を管理する負担が減り、必要な機能を選んで使うだけで済むようになります。
さらに、住民と行政の接点(フロントヤード)と業務システム(バックヤード)の間でデータが自動連携され、出生や死亡などのライフイベント手続きがワンストップ化されます。給付や介護など制度の「Rules as Code」推進も打ち出しています。法制度のルールをコード化し、システムで自動判定できるようにする取り組みです。
重点計画では、2030年代半ばに目指す姿として「一人一人の住民が、AIエージェントの助けを得て、必要な時に必要な支援を手続負担なく享受できる」社会が描かれています。同時に、人材不足の深刻化に直面する自治体にとっても「少人数の職員でも高品質な行政サービスを持続的に提供できる」状態を目指すとしています。
この2つの目標は、現在の行政の在り方のままではトレードオフになりかねません。現在のような複雑で一貫性のない法制度では、行政事務に必要なプロセスを簡素化することができません。その状態で住民にとっての手続負担を減らすということは、その負担が単に自治体職員側に転嫁される構造になりがちです。このトレードオフを解消する手段としてAIエージェントへの期待が高まっているように見えます。
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