前回に引き続き、VoigtlaenderのVITO BLをいじっていく。ボディをあれこれとひっくり返してだいたいの構造を把握したところで、試しにダミーフィルムを入れてみる。いやダミーフィルムといっても大したことはない。要するに現像をあきらめたフィルムである。
フィルムを通すことで、そのカメラの中でどういう力学が働いて力が伝わっていくかを、把握することができる。フィルムカメラの場合、巻き上げの手の力というのは、単に巻き上げレバー周辺だけの問題ではない。実はフィルムが引っ張られる力、それもうまく利用して別のところに力を伝えていくという構造が多くみられる。具体的には、パーフォレーションに噛むギヤ、これの回転も様々な動作を実現するのに使われるのである。
シャッター不良というふれ込みであったVITO BLだが、実際にフィルムを通してみたところ、普通にシャッターが降りるようだ。速いシャッタースピードまでは正確に把握しようがないが、低速シャッターもほぼ設定通り動いているようである。
ジャンクカメラにはたまに、使い方がよくわからなかったために壊れてると判断されて転がっているものもある。VITO BLはそれほど難しいカメラではないので、さすがにプロがそのような間違いを犯すはずはないのだが、何かの拍子に直ってしまったのかもしれない。まあこれも、ジャンクカメラにはわりとある話である。
しかし露出計が動かないのは本当で、本来ならばカメラ背後のボタンを押すことで測定されるはずだが、メーターはでたらめなところを指している。ただ押すたびに違った値を示すので、固着しているわけでもなさそうだ。
昔の露出計というのは、大きく2種類に大別される。一つはセレン素子という昔の太陽電池を利用して、露出を計る方式だ。しかしセレンは製造過程で毒性のある薬品が必要になるという理由で、遙か昔に製造中止になっている。古いカメラで露出計がついていて電池がいらないタイプは、このセレンが使われていると思ってほぼまちがいないだろう。
その後セレンに変わって使われ始めたのが、Cdsという硫化カドミウムを使った受光素子である。これは発電するわけではなく、光が当たると抵抗値が変わるという性質を利用したものであるから、電源が必要になる。ボタン電池が必要なカメラは、大抵これを使っている。
Cdsへの移行は、セレンが製造中止になったからというわけではないようだ。電池次第で大きな駆動力が発生するCdsの方が便利、また小型なのでTTL測光に向いているということもあって、製造中止になる前から徐々に変わっていったようである。正確な移行時期はよくわからないが、各カメラメーカーの歴史をみると、60年代前半からCdsを採用していったようだ。
セレンが使われているカメラは、見ればわかる。カメラの正面に透明のボコボコしたパーツが大きくはまっているものは、だいたいセレンである。なぜならば、そもそもの原理が太陽電池なので、面積を稼いだり小さいレンズをたくさん使って集光しないと、メーターをしっかり動かすだけの電力が得られないからである。
セレン式の露出計が動かない原因は、だいたい3つのパターンがある。1つは、配線が腐食して断線しているケース。これはセレンに限らず、Cdsでもよくある故障だ。なにせ50〜60年ぐらい経過しているものなので、まあそういうことはあり得る。
2つめは、セレン素子自体が劣化してしまっているケース。ただ、まったく無反応になるほど完全に死んでいるものというのは、経験上滅多に見ない。単純に年数が古いから駄目になっているということでもなく、筆者の経験でもっとも古いものでは、1953年製の「Zeiss Ikon Contessa 35」のセレンは、感度は若干落ちていたがちゃんと動いていた。一方1965年製の「リコー オートハーフ S」のセレンは、完全に無反応だった。
この場合、修理の道はある。現代の太陽電池の素子を代用すればいいのである。サイズ的にも今の太陽電池素子の方が小さくて済むので、入らないということはない。出力の違いは、可変抵抗を使って、別の正確な露出計の数値と比べながら合わせていく。
3つめはメーターを含め、検知メカが壊れている場合だ。一番やっかいなのがこのケースで、何らかの専用部品が破損している場合は、代用できるものを探して大苦労することになる。
では、直るかどうかはわからないが、とりあえずどういう状態なのか、中を開けてみることにしよう。
軍艦部の上蓋は、案外簡単に開いた。右横のネジと、上部のアクセサリーシューのネジで止まっているだけであった。
分解するときの注意点としては、必ず元に戻せるように、1ステップずつ現状の写真をデジカメでこまめに撮っていくことである。こうしておくと、固定されていると思っていた部品があとから外れてしまっても、場所や向きがわかる。
外したネジやパーツも、もちろん1ステップごとに整理して置いておく。筆者はDIYショップで売っている、ネジなどを小分けして入れておく小物入れを使っている。100円ショップなどでも、適用なものが見つかるだろう。
さて、VITO VLの露出計部分は、この蓋の部分に密閉された状態でくっついている。大抵は上蓋を開ければそのあたりの構造もむき出しになるカメラの多い中で、かなり丁寧な作りである。
写真を見ておわかりになるかどうかわからないが、カバーの周りがセメダインのようなもので綿密にシールしてある。湿気を嫌ったものであろうか。たださすがにもう50年近く経過していることもあって、この接着剤も硬化してボロボロになっている。
こうなってしまうともはやジャマなだけなので、全部きれいに取ってしまうことにした。そもそもそうしないと、開かないんである。
中蓋を外してみると、中身のメーターと検知構造部分が見える。試しにメータが動くかどうか爪楊枝の先でつついてみたところ、なんと普通に動くようになってしまった。どうやら単にメータが何かに引っかかっていただけのようだ。
今となっては想像するしかないが、どうも周りを固めていた接着剤の硬化した破片が、中に入り込んでメーター部分に挟まってしまったのではないか。そこで中身を壊さない程度に、緩くブロアで吹いてゴミを掃除した。
今回は修理らしい修理もなく、なんだか掃除しただけで直ってしまった。程度のいいジャンクというのは、たまにこういうものもある。多くの人はこれをラッキーというのだろうが、筆者の場合はむしろ修理することのほうが目的の7割を占めるので、つまらないわけである。
さて、バラしたあとは元通りに組み立てるのだが、その前にバラした状態でなければ掃除できない場所を掃除しておく。ここでも色々な発見があるものだ。
たとえばこのカメラの特徴的なビューファインダだが、外してみて驚いた。なんと、前から後ろまで、純度の高い無垢のガラスだったのである。レンジファインダの多くは、前後にレンズを付けてその間は空間になっているものだが、ファインダにこれほどコストをかけた作りは珍しい。
よく観察すると、背面には画角を示す枠線が書いてある。こんな目の前に枠線があっても目のピントが合わずぼけてしまうだけなのだが、ファインダの前の方がハーフミラーのようになっている。この背後の枠が前面に映り込んで、実風景の中に枠が浮いているように見えるという仕組みだったのだ。道理で前から見たときに、ファインダが猫の目のように黄金色に反射するわけである。
付いているレンズは50mmなので、ほぼ目視と同じだ。だからファインダも、屈折がなくそのままガラスの素通しである。このカメラのおもしろいところはまさにここで、両目を開けていても、左右で視野が全く変わらない。だから、まさに空中にフレーム枠が浮いているような感覚で撮影することができるのだった。
そんなわけで、特になんということもなく修理完了である。まあ初回はこんなレベルで、ちょうどいいだろう。次回はいよいよ、実際に撮影してみる。
映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作はITmedia +D LifeStyleでのコラムをまとめた「メディア進化社会」(洋泉社 amazonで購入)。
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