壊れたカメラは美しい-コデラ的-Slow-Life-

» 2007年07月13日 09時35分 公開
[小寺信良,ITmedia]
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 昨今のデジタル一眼ブームからもわかるように、写真は日本にとって何度目かの「熱い趣味」の座に返り咲いた。大口径のレンズで被写体を狙い、美しい結果がすぐに見られるのだから、デジタル一眼が注目される理由はわかる。

 だが筆者はむしろ、そこを逆行している。今となってはもはや忘れ去られそうなフィルムカメラ、しかも壊れているヤツを買い漁り、ちゃんと写るようになるまで自分で修理する。たった1枚の写真ができあがるまで尋常じゃないほどの時間をかけて、ゆっくりゆっくりやっていく。

 もちろんこんなこと、仕事ではやってられない。いくら古いカメラを修理したって、お金になるわけではないのだ。むしろそれは、「昔の大人」が何を考え、何を悩んでどう解決していったのか、そういうステップを覗き込むのが楽しいのである。

 こういう知の探検は、電子制御が持ち込まれた近年のカメラからは味わうことができない。電気の力を借りずに、すべてバネとネジとギヤとゼンマイで動く、そういう時代のカメラからしか、感じ取ることができない。

 今やシステムとコントロールとソリューションの時代であり、機械式のカメラなど完全に時代の隅っこに忘れ去られていく道具である。だが、システムとコントロールとソリューションと大人の事情と下心と税金にうんざりした自分が戻る場所は、子供の頃にオトナだった人たちの世界だ。

 「仕掛け」が目に見えて、触れた時代。そういうフィジカルな世界に、皆様をお連れしよう。

壊れたカメラの選別

 壊れたカメラは美しい。これはもちろん詩的な意味であるが、同時にかなり実利的なニュアンスも多分に含まれている。

 中古のカメラといっても、値段はいろいろある。値段が高いのは、「人気がある」「完動品である」「数が少ない」といった条件が重なるからである。

 だが思うのだ。ちゃんと動くカメラは、時代を超えてきた点で素晴らしいが、美しくはない。なぜならば、散々使われてきたからである。スレや凹み、傷などは数知れず、原型の輝きはもはや失われてしまっている。

 もちろんその年を積み重ねた状態がいいという評価もあろう。だが筆者は、それが華々しくデビューした時はどんな状態だったのか、みんながどんなに興奮してそれを見つめたのかということに、強く魅せられる。

 欲を言えば、外観が綺麗でちゃんと動くに超したことはない。だがそういうものに巡り会うには、運命にも支配されるし、第一値段が高い。一方ジャンクに目を向ければ、美しいままの品というのは意外に多いものだ。それはなぜか。壊れているからである。

 壊れたカメラは、使われない。おそらくまだ新しいうちに壊れてそのまましまい込まれてしまったり、長年大事に取って置くうちにいつのまにか動かなくなってしまったり、といった運命を辿ったのだろう。使われないから、綺麗なままなのである。

 そういうカメラは、中身さえ直れば、新品同様に甦る。一方、機械部品は修理できるが、外装の傷みを元に戻すのは至難の業だ。そういう技術は、筆者にはない。だからジャンクカメラを買うときは、外装の状態を第一のポイントに置いている。

 次のポイントは、自分で直せそうか、ということである。壊れたカメラをいくつか修理していると、だいたい壊れ方のパターンというのがわかってくる。一番多いのが、シャッターの不良だ。これはシャッター幕のような柔らかいパーツが破損していない限り、直せる確率は高い。

 もっとも完動品として売られているものの中にも、古いカメラではシャッタースピードがアヤシイものがかなりある。言うなればシャッターの不具合ぐらいだったら、そもそもジャンクと完動品の間にあんまり差がないとも言える。

 一番気をつけるべきポイントは、レンズの汚れである。単に掃除していないだけという汚さと、カビが固着してクリーニング不能の汚さとは、なかなか見ただけでは判断が付かない。これぐらいは拭けばなんとかなるだろうと思っていたら、実はカメラ店側で全力で掃除してその状態だったりする。そうなると、もうそれ以上はシロウトではどうしようもない。レンズの状態が悪いものは、かなりリスキーだ。

Voigtlaender VITO BL


photo ジャンク品のVoigtlaender VITO BL

 先日、ふと立ち寄った中古カメラ店で見つけた、Voigtlaender(フォクトレンダー)のVITO BL。露出計の下に少しサビが出ているのを傷にして、それでも大変な美人だった。

 Voigtlaenderはドイツカメラの名門で今もファンが多いが、元の会社はすでにない。現在は日本のコシナがVoigtlaenderの商標権を取得してカメラを作っているが、筆者の中ではこれは別物である。

 VITO BLは、1956年に発売された、レンジファインダ式のカメラである。この時期のVoigtlaenderは、Vitessaよりも廉価のVITOシリーズを数多く製造しており、ラインアップを系統的に追いかけるのは難しい。


photo Voigtlaenderはドイツカメラの名門として人気が高い

 入手したときは、シャッター降りず、露出計動かず、といった症状だった。それほど珍しいカメラではないが、大きなファインダーとレンズが綺麗なところが気に入って、購入した。5250円。アキバなどで慣れている人は、ジャンクに5000円は高いと思われるかもしれないが、カメラの場合はジャンクでも珍品ならば1万円超えも珍しくない。

 カメラの分解と修理にどのようなセオリーがあるのか、筆者は知らない。だが今はネットでたくさんの情報が手に入る。ありがたいことに、各種カメラのレストア履歴をサイトにまとめていらっしゃる有志の方も多い。そういうサイトは、例えそのものズバリのカメラが載ってなくても、宝の山である。シリーズが同じならば、中味もほぼ同じということも少なくない。

 まずは、カメラの基本情報を集めることから始める。歴史的背景、はちょっと後回しにして、使い方、特徴、できればレストアの情報があればベストだ。

 次に行なうのは、観察である。そのカメラが本来はどのように動作するのか、動きそうな箇所はどこか、固定されているのはどこか、などを調べる。そして裏蓋を開けて、そのカメラの構造を調べる。手前のネジの位置、それに対応する内側のネジの位置などを見て、ボディがどこで分解できるのかを見る。


photo 巻き戻しノブが重々しくポップアップする

 カメラのボディというのは、大きく2つのブロックで成り立っている。レンズからフィルムなどを格納する、光学部分。そしてその上に乗っかるように、ファインダや巻き上げ機構、露出計などの精密機械部分がある。昔からカメラの上部は軍艦部などと呼ばれていたように、本当に上に乗っかっているので、上蓋を外せば中が覗けるものが多い。

 一方光学部は、多くは前と後ろに分かれるが、そこまで分解しなければならないのは、よっぽどオオゴトのケースだけである。レンズシャッターの不良ならば、レンズを前の方から外していくか、逆に後ろからのほうからが近ければ、そちら側から攻めていく。

 VITO BLの場合は、まさにこのパターンで行けそうであった。軍艦部は、表面に見えているネジを外していけば、比較的簡単に外れそうだ。ネジが多いものは、かえって楽なのである。


photo 露出計のメータも綺麗だ

 やっかいなのはむしろ、ネジが見えてない構造のものだ。今の感覚でいくと、ネジがないものははめこみ式か接着剤で止めてあって、簡易的だと思われがちだが、昔のキカイはそういう一方通行のような作りにはしていない。実はシボ革の下に、ネジが隠されている。こういうものは、アルコールなどを使いながら表面の革を綺麗に剥がしてやらなければならないので、余計な神経を使う。

 本来ならば修理用の工具などもお見せしたいところだが、初回からそれではあまりにも煩雑になる。またいずれ別のタイミングでご紹介しよう。フィルムのカメラは、いつもゆっくり、ゆっくりなのだ。

小寺 信良

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映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作はITmedia +D LifeStyleでのコラムをまとめた「メディア進化社会」(洋泉社 amazonで購入)。



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