鉄道の旅の楽しみといえば駅弁だ。肉食系の私もいろいろな味に巡り会った。そして、1つの答えを見つけた。それは「鶏肉を主菜にした駅弁はどれもうまい」ということだ。とりわけ印象深い駅弁は鹿児島本線折尾駅の「かしわめし」。25年前に夜行列車で降り立ち、駅構内の立ち食いそばで朝食。熱い汁をすすり、汗を拭きつつ昼食用に「かしわめし弁当」を買った。まだ温かい包みを抱えて、はやくお腹が空かないかと祈った。
九州旅客鉄道(JR九州)は毎年秋から冬にかけて、「九州の駅弁ランキング」というイベントを開催している。九州各地から厳選された50種類の駅弁を選び、一般投票と有識者投票で上位15品を決めるという。その期間に合わせて、博多駅の駅弁店である「駅辨當(えきべんとう)東口店」は「駅弁スタジアム」を開催する。駅弁スタジアムとは、ランキングにノミネートされた50種類のうち、毎日入れ替わりで12種類を発売するというもの。そんな経緯もあって、駅辨當東口店は文字通り、駅弁ファンの“垂涎の的”になっているようだ。
その駅辨當東口店で、いま「かしわめし」の特集が行われている。九州各地の駅弁製造元6社から合計15品目の「かしわめし」が持ち込まれ、5月6日までの毎日、入れ替わりで10品目を発売するのだ。小倉駅からは明治24年創業の北九州駅弁当の3品、鳥栖駅からは明治25年創業の中央軒の3品、折尾駅からは大正10年創業の東筑軒の3品、出水駅からは昭和4年創業の松栄軒の1品、八代駅からは平成16年創業のみなみの風の1品が登場する。そして開催地の博多も、平成2年創業のドゥイットナウから1品が参加するそうだ。
九州では鶏を“かしわ”という。冠婚葬祭や来客のとき、庭先で育てた鶏を潰してもてなす習慣があったそうだ。ゆえにかしわめしはご馳走であり、駅弁のかしわめしも旅人にとってご馳走である。今でこそ各地に豪華な駅弁がたくさん登場しているが、私が一人旅を始めた25年前は幕の内スタイルの駅弁ばかりで、こんなに肉の入った駅弁は少数派だった。明治、大正、昭和初期はもっと少なかっただろう。現在、かしわめしはお手頃な価格となったとはいえ、今も贅沢な逸品であり、九州人のおもてなしの心が宿っている。
一般家庭でも作られているはずの「かしわめし」だが、ネットでレシピを探してみると、家庭料理と駅弁はかなり違う。家庭料理のかしわめしは「鶏の炊き込みご飯」である。一方、駅弁のほうは鶏スープで炊いたご飯の上に、鶏肉そぼろ、錦糸卵、刻み海苔を帯状に載せる。関東では二色どんぶりとか、三色どんぶりと呼ばれる品に近い。この美しき配色はどの製造元のかしわめしも共通だ。もし九州が独立国家になるとしたら、きっと国旗はこの三色になるだろう。
駅弁の食べ方に作法はないけれど、私はこんな風に食べる。まずは錦糸卵が載ったところを一口。とりめしの味と玉子のまろやかさを楽しむ。次に海苔が載ったところを一口。海苔の香りが鼻腔をくすぐる。次に鶏肉が載ったところ。甘辛い鶏肉の旨みで幸せな気分に。つまり、淡い味から強い香り、濃い味へと進んでいく。その順序を繰り返し、半分ほど食べたところで香の物。味覚をリセットしたところで、おもむろに三色の具とご飯をかき混ぜて、混然一体となった味を楽しむ。名古屋名物ひつまぶしのように、最後は茶漬けでしめたらどうだろう。残念ながらまだ試していない。家に持ち帰る前に食べきってしまうからだ。ああ、かしわめし茶漬け、いつかやってみたい。
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