今春のビデオカメラに見る3つのトレンド:麻倉怜士のデジタル閻魔帳(3/3 ページ)
今年もビデオカメラの新製品が登場する時期となった。フルHD撮影が当たり前になった今、各社はどのような特徴を打ち出しているのか。麻倉氏は「3つの傾向がある」と指摘する。
――次はパナソニックの「HDC-HS300」(レビュー)です。3MOSを搭載したAVCHDカメラとしては第2世代になりますね。
麻倉氏: やっと従来のレベルに戻ったという感じです。AVCHD規格で世界初となる3MOSを搭載した既存モデル(HDC-HS100/SD100)は解像感やノイズについて問題を感じましたが、新製品では解像感は非常に良くなりましたし、写り方も安定しています。
明るい場所ではノイズもさほど多くありませんが、暗所ではノイズを感じるなど、ノイズリダクションの不自然さはぬぐい切れていません。これまでならば「こんなものかも」といえたかもれませんが、HDR-XR520V/500Vという製品が登場してしまった以上、言い訳はできないところでしょう。
赤み指向ともいえる色指向がマイルドになっているのは好感が持てますが、晴天下で青みがかるのは気になるところです。ですが、既存モデルから改善が進められているのは、画質について誠実に取り組んでいる証拠ですし、新型の撮像素子を使いこなしつつある証しとも言えるでしょう。顔認識を中心としたユーザーインタフェース(UI)は良好です。タッチパネルのUIは十字キーに比べて“直接感”が高いので、UIについて中心的な存在になるだろうことを予感させますね。
ダイヤルで操作をする部分もまだ多く残っていますが、この点については、1つのダイヤルに集約しすぎている感があり、改善の余地がありそうです。これは従来機からの特徴ですが、ボディ上面がのっぺりしていて、ホールディング時の安定感に欠けるきらいもあります。細かな部分ですが、こうした部分もまた改善の余地があるといえるでしょう。
――次はキヤノン「HF S10」(レビュー)です。新開発の高画素CMOSセンサーや大口径レンズ、DiGiC DV IIIの搭載でさらなる高画質化を目指したフラグシップモデルです。
麻倉氏: キヤノンは「カメラメーカー」という立場からデザインと画質に注力しているメーカーで、まずはその点からして、ビデオカメラへの取り組み方がソニーやパナソニックといった家電メーカーと異なっていることを感じさせますね。
大口径レンズの搭載と画像処理エンジン(DiGiC DV)のリニューアルでキヤノン的な絵作りを進めていますが、新型CMOSを搭載したソニーのHDR-XR520V/500Vに見比べると、既存モデルからの少々進化の度合いという点では不満が残ります。これまでキヤノンが他社製品をリードしてきたのは、レンズとCMOSと絵作りの総和によるものでしたが、画質の源であるCMOSの差が出てしまった感は否めません。
暗いところを撮影すると、やはりCMOSっぽいノイジーな感じになってしまいますし、逆光時ではコントラスト的に沈んだ感じになるので、そこに顔があると顔が黒ずむような印象を受けます。
ですが、明るい場所では抜群の映像を見せてくれます。非常に細かいところまでコントラストが高く、いかにもキヤノンのハイビジョンというスッキリとした、さわやかな映像を映し出します。総合的には素晴らしいのですが、ハッキリクッキリの映像なのでボケ感に乏しいのは残念です。カメラメーカーのハイエンド機種なのですから、虹彩絞りを採用して欲しかったところですね。
紹介した3製品はいずれも素晴らしいのですが、画質について言えば最近気になってきたのが、相手の動きに追従できていないことに起因する動画ボケです。フルHDのディスプレイで映像を見ると、60pで撮影していたとしてもボケが目につきます。やはり、根幹である撮像素子の改善が必要な時に来ているように思えます。
また、これまでの延長では、これまでと同じユーザーしか獲得できないのは言及しているとおりです。Xactiのように、新しい市場へ取り組む製品も必要なのではないでしょうか。YouTubeなどを見ていると、映像を気軽に楽しんでいる人がたくさんいます。まずはスタイル=形状の改良から進めて、日常的に使いたいと思わせるスタイリングを提案することも求められると思います。
理想は名刺サイズでフルHDが美しく撮影できるカメラ(デバイス)でしょう。以前、「液晶を見る」ことも重視した“液晶ビューカム“「VL-HL1」(シャープ)という製品がありましたが、今こそ、再生“も”楽しいというアプローチがあってもよいのかもしれません。液晶ビューカムで一時代を拓いたシャープがカメラの世界に音さたなしというのも解せませんね。液晶テレビという出力デバイスは強いですが、入力デバイスを持って初めてトータルで立派なAVメーカーといえるようになるでしょう。
麻倉怜士(あさくられいじ)氏 略歴
1950年生まれ。1973年横浜市立大学卒業。 日本経済新聞社、プレジデント社(雑誌「プレジデント」副編集長、雑誌「ノートブックパソコン研究」編集長)を経て、1991年にデジタルメディア評論家として独立。自宅の専用シアタールームに150インチの巨大スクリーンを据え、ソニー「QUALIA 004」やBARCOの3管式「CineMAX」といった数百万円クラスの最高級プロジェクターとソニーと松下電器のBlu-ray Discレコーダーで、日々最新AV機器の映像チェックを行っている、まさに“映像の鬼”。オーディオ機器もフィリップスLHH2000、LINNのCD12、JBLのProject K2/S9500など、世界最高の銘機を愛用している“音質の鬼”でもある。音楽理論も専門分野。
現在は評論のほかに、映像・ディスプレイ関係者がホットな情報を交わす「日本画質学会」で副会長という大役を任され、さらに津田塾大学の講師(音楽史、音楽理論)まで務めるという“3足のワラジ”生活の中、精力的に活動している。
著作
「オーディオの作法」(ソフトバンククリエイティブ、2008年)――音楽を楽しむための、よい音と付き合う64の作法
「絶対ハイビジョン主義」(アスキー新書、2008年)――身近になったハイビジョンの世界を堪能しつくすためのバイブル
「やっぱり楽しいオーディオ生活」(アスキー新書、2007年)――「音楽」をさらに感動的に楽しむための、デジタル時代のオーディオ使いこなし術指南書
「松下電器のBlu-rayDisc大戦略」(日経BP社、2006年)──Blu-ray陣営のなかで本家ソニーを上回る製品開発力を見せた松下の製品開発ヒストリーに焦点を当てる
「久夛良木健のプレステ革命」(ワック出版、2003年)──ゲームソフトの将来とデジタルAVの将来像を描く
「ソニーの革命児たち」(IDGジャパン、1998年 アメリカ版、韓国、ポーランド、中国版も)──プレイステーションの開発物語
「ソニーの野望」(IDGジャパン、2000年 韓国版も)──ソニーのネットワーク戦略
「DVD──12センチギガメディアの野望」(オーム社、1996年)──DVDのメディア的、技術的分析
「DVD-RAM革命」(オーム社、1999年)──記録型DVDの未来を述べた
「DVD-RWのすべて」(オーム社、2000年)──互換性重視の記録型DVDの展望
「ハイビジョンプラズマALISの完全研究」(オーム社、2003年)──プラズマ・テレビの開発物語
「DLPのすべて」(ニューメディア社、1999年)──新しいディスプレイデバイスの研究
「眼のつけどころの研究」(ごま書房、1994年)──シャープの鋭い商品開発のドキュメント
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