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» 2012年08月23日 14時30分 公開

ほぼ全文書き起こし:電子書籍時代に出版社は必要か――創造のサイクルと出版者の権利をめぐって (3/7)

[ITmedia]

必要なのは「編集の機能」か「出版社という組織体の機能」か

福井 ありがとうございました。何かこーね。いい話満載っていう感じでね。今日はほんとに皆さん冒頭からいい感じで始まってるんですけども、ちょっと困っちゃったのがですね、対立軸無いんじゃないかっていう。

(会場笑い)

福井 え? これだと出版社要らないっていう人が、いないことになりますか? 赤松さんも漫画に限ると言ったけどあった方がいい、植村さんもそう。で、頼みの綱の岡田さんは、守ってあげたいだし。

岡田 いや、僕は、守ってあげたいのは、守ってあげないと絶滅するくらい無理だと思ってるからです。

福井 あ、無理論ね。

赤松 それはでも、みんなそうですよね。今、あの……

(会場笑い)

福井 2人いましたね。やっぱりこの2人かな? と思ったら2人。はい。

赤松 さっき「バクマン」がどうとか直しがどうって言いましたけど、「バクマン」とかさっき三田先生もおっしゃってたその形は、作家としてわりと古い価値観なんですよ。今若い人たちは、pixivで、無料で描いて、褒めてもらえるだけで十分、もしくは、同人で、編集者の直し無しで、自由に書ける作品をね。しかも、自分プロデュースだから凄い儲かると。こういうので、客が5000人並んでるのを見て、ああ、励みになるなというのが今の若い作家です。

岡田 赤松先生の、「編集者が必要」というのは分かるんですよ。つまり、出版社が必要と言いながら、実は編集者が必要っておっしゃってるだけですよね。

赤松 そう!(笑)

岡田 そこのごまかしが1点と、あともう1つ編集者いなくても、コミケってあるじゃないですか。

赤松 ある。

岡田 ということは、コミケであんなに本出てるんだから、実は編集者いなくてもかなり出るし、編集者がいなかったら書かないようなクズは、もう作家やるなっていうのもアリですよね。

赤松 確かにコミケは、日にちが決まってるじゃないですか。お盆と年末。だから、そこが締め切りだから、あーやらなくちゃ! ってなるから締め切りあるんですよ。

岡田 じゃあAmazonが、毎月1日じゃないと発売しませんって言ったらもうそれになっちゃいますよね?

赤松 そうそうそうそう。

福井 はいはい、ここに司会いまーす、はい。

岡田 いやいや(笑)。もう1つ。いしかわじゅんという漫画家がいて、あいつ無茶言うなーって常々俺思ってるんですよ。彼は、編集者要らないっていうんですよ。「俺ね、1回も編集者の言うことなんか聞いたことないよ」と。「大学出た若造が、何で俺の漫画直せるんだ」と凄いこと言うわけですよ。で、編集者が打ち合わせしようっていうと、打ち合わせなんかしても無駄だし、やっても聞かないと。こういう漫画家もいると。

赤松 はい。

岡田 以上3点、どないなもんでしょうか?

福井 赤松さん、お答え頂きたいことの中にちょっと加えたいのがね、まさにさっきの「守ってあげたい」も含めて、「編集の機能」なのか「出版社という組織体の機能」なのかが、論点でやはり出たと思うんですよね。じゃあ、編集も要らないという意見の方もいるのか、編集も今後は淘汰されていくだろうという意見の方もいるのか、あるいは、編集はいるけども組織体としての出版社ってのは今の形ではもう淘汰されたり要らなくなったりするんじゃないか、あるいは三田さんは明らかに、投資ということをおっしゃったんで、これは大きな要素だと思うんですけど、組織体としての出版社をかなり重視されてらっしゃると思うんですね。それについてはどう……

三田 私が言ってるのはね、要するに“太鼓持ち”みたいな人がいてね、「あなたは凄い」といってくれないとモチベーションが上がらないということであります。

(会場笑い)

赤松 これはその通りです。

福井 これは編集者の機能ですね。どちらかというとね。

赤松 でも漫画の場合はそんなこと言いませんよ。これつまんねーよつまんねーよってって、面白いってことは、客が判断するわけだから、あんまりモチベーションがどうこうってのは……。

植村 それは作家のキャラクターの違いなんじゃないですか?

赤松 そうですかね?

岡田 それは赤松さんが言ってもらえないタイプの作家だからかもしれない。

赤松 そうかもしれない(笑)。

福井 そうすると、どうですか赤松さん、さっきの岡田さんの質問も含めて、編集者っていうのはやっぱりあった方がいいんですか?

赤松 えっとですね……編集。

福井 まず漫画に絞るんでいいですけど。

赤松 編集者……私が冒頭に言ったパターンでは直しのためには絶対必要だって言いましたけど、その後、さっき私は、直さないで自由に書くっていうのがね、楽しいっていうのをね、若い人たちが凄い感じてるんですよね。そこんところはね、今まで編集者の直しを受けた漫画がいっぱい出てきてるので、それを読んだ少年少女たちは、それに沿った形で漫画を書くもんだから、あんまり直すところがなくなりつつあると。

福井 ほうほうほうほう。

赤松 いや……すべてが面白いわけじゃないんだけど、本当にね。

福井 あ、面白くないんだそれ。

赤松 面白くない、と、面白いのもあるんですけど、昔よりかはね、上がってるんです。絵もそうです。絵柄に関しても、凄いこうみんな研究して練習するもんだから、昔よりは上手いです。そこんところがあって……

岡田 じゃああれですよね、編集のルールというか、売れる漫画のルールというのが何か知ってる漫画家と、大学を出て一応出版社に入って編集部に所属されたんだけどよく分かんない編集者だったら、明らかに前者の方がいいわけですよね。

赤松 まあそうです。

植村 ただそのときに、そういった、楽しみのために書いてる人たちは食えるんですか?

赤松 仕事は別に持ってます。

植村 でしょ? 僕はやっぱり、ちゃんとその……

赤松 いや、それがね、「プロになんなきゃいけない」っていう概念がもう古いんです。

植村 うーん……。じゃあ逆にね、その別に持っている仕事ではプロじゃないですか。

赤松 そう。

植村 僕は、自分の汗をかいたことに対して対価を得るのをプロって呼ぶんだと思うの。

岡田 いや、植村さん、汗かいた人が報われるべきだってのは僕も思うんですけども、電子出版の時代になっちゃうと、作家や漫画家は書くために汗かきますけども、それを版面整えたりすることに関しての汗かき量って激減しますよね?

植村 激減するでしょうね。

岡田 じゃあ、出版社の人たちの収入も激減して当然ですよね。その汗かいた分だけ報われればいいのであれば。

植村 うん、いやだから、ビジネスのメカニズムが変わるのは当たり前で、よく言われるけど、ブリタニカが全盛のときに、営業マンが世界中で2万人だっけ? で、Wikipediaはボランティアを除けば、今30人か40人でやってるよね。メカニズムが変わるのは当たり前だと思うんです。そのときに役割分担によって、新たなビジネスが生まれたり新たな役割ができるから、もしかすると働く人はGoogleとか別のところに移ってるだけだから。それは全然いいと思ってるの。ただ、やっぱそこにおける役割で、汗かいた対価が得るっていうメカニズムが働いてかないと、社会って成立しないじゃん。

 例えばフリーソフトってあるでしょ。俺は凄いプログラム作ったからフリーでばら撒くっていうけど、それは、見方を変えればプログラムっていうビジネスモデルを壊してますよね? で、その人たちは何で食ってるんだって、いや俺は実家のさ、例えば何かラーメン屋継いでっから俺はそれでいいんだって言うとしたら、じゃあ隣で僕がタダでラーメン屋やっていいのかって。僕がプログラム売って儲けて、それでラーメン屋の隣でタダで開くよって。それ社会システムが崩れていっちゃうと思うの。

 僕、一番いいのはやっぱり、汗かいたことでお金を得るっていうのは、今後とも続くだろうなって立場だから(植村注:もちろんフリーソフトウェアの運動は尊敬していますし、ボランティアは人として必須だと思っていますよ、念のため)。

福井 もう、議論がいきなりボトムのところまで下がったというね。

植村 あ、すいません(笑)。

福井 いやいや、それでいいんですよ。恐らく、これを解決しないで、本当は出版社の要否の話をしてもしょうがないんだろうなと思う。悩ましいのは、この議論だけ90分やっちゃうと、出版社の要否に話がいかないで終わっちゃう気がするんですよね。まさに岡田さんとの対談でさせて頂いた、コンテンツでのマネタイズは可能なのか、あるいは、望ましいのかという話に関わるんでね。

 いかがですか? それを踏まえながら、さっき編集の要否に行って、それ自体賛否があったけど、そうすると、組織体としての、投資を行う主体としての出版社は、要らない論のほうがむしろ強いんですか?

岡田 あと三田先生がおっしゃったような、紙という媒体を残すべきであると、で、電子出版というものがあっても紙の本を先に売ってから、それが終わってから電子出版だったらありだけどっていうふうに三田先生おっしゃいましたよね。つまり、「紙が主で電子は従である」と。出版文化というのはあくまで紙を主体にして考えたい、だからこそ出版社というもの、っていう論だったと思うんですよ。電子出版の時代ってのはその認識でまだOKなのかどうかっていうのが僕よく分からないんですけれども。

植村 後ろから言っちゃいますけど、僕は当面それでOKだと思います。

岡田 はい、はい。

植村 だから、出版デジタル機構の当面の仕事は、100万冊ってのは、既に紙の本として出たものの電子化。そしてほとんど今、マスコミとか皆さん方が、この電子出版……あ、昨日までやってたっけ? 電子出版EXPOで言っている電子書籍って、全部紙の本で出たものの電子化。で、なんで日本で電子出版ダメなんだってよくのたまうITジャーナリストってこの会場にはいないと思うけど、で、その人たちはね、まだ……

福井 どうしてそういう不規則発言を(笑)。

植村 ごめんなさい(笑)。

福井 不規則発言するときにはこう何か……

岡田 多分いま、ニコ生で、おもしろーいコメントかなり流れてると思いますよ(笑)。

福井 あああの白い感じのね(笑)。

植村 あの、盛り上げなきゃいけないかな、と(笑)。

(会場笑い)

植村 例えば有名な作家の作品を電子書籍にしなきゃいけないんだという言い方をしている前提としては、紙の本があるっていう議論ですよね。だから、当面は続く。ただし、そこから先は、僕はボーンデジタル派だからさ。だって、新しい表現を手にしたのに、1回紙にするっていうメカニズムを通る必要はないよね。

 ただし、今、編集っていうシステム、セールスプロモーションっていうシステムも、あるいは作家とのやり取りも、1回紙の本を作るとこで、しっかり凄くいいものができてると思うんです。それは当面続くだろうな、って。これが急に衰えることは、僕は困る。やっぱこれはしっかり維持したい。当面守ってあげたい。

福井 つまり、急激な変化に対する異論であって、それが次第にボーンデジタル化していくとか、電子が大きな流れになっていくことに対する異論じゃないってことですね。

植村 逆に言うとそれはウェルカムで、そのことでもっと面白いビジネスが生まれるだろうなって期待はしている。

福井 うん、うん。岡田さんのさっきのご質問は、電子が主体になっていけば、投資ってあんまり要らないんじゃないのって点に繋がるんでしょ?

岡田 そうです。汗を流した人間が報われるべきだってのは僕もそうだと思うんですけども、出版社がこれから先、汗をかく要素がどんどん電子化されればされるほど無くなってしまう。ということは、出版社に対しての報われ方ってのは、これまでの100分の1、1000分の1で当然であると。

赤松 それ、給料?人数?

岡田 給料と人数、両方です。

赤松 うわあ(笑)。

岡田 はい。なので僕の「守ってあげたい」は、これから出版社は、100人を超える出版社なんていうくだらない馬鹿げたものはなくなっていくだろうと。

福井 それ、何年くらいで起こるんですか?

岡田 5年。

福井 ……短かったぁ。5年だ……。

岡田 だって、今のkobo Touchの7000円も、高すぎますよ。あれは多分、本が1000冊くらい入って1000円くらいになるべきだと思うし、ディアゴスティーニみたいに本屋さんで、もう中に1000冊分本入って1000円ですよ言ってる、タダみたいな状態で売られるものが3年以内だと僕は思ってるんですね。

植村 でもそれはね、やっぱ、紙の本で1回対価を回収した本の二次利用だから、いいんだっていうことですよ。

岡田 そんなのできるのは100年前とかの本じゃないですか。それを紙の本だから対価の二次利用っていうふうに、紙の本に恩返ししなきゃいけないっていうふうなものを言うのはちょっとフェアではないと思う。

植村 というか、1回紙の本で、逆に言うとモトとってるから、後は100円でも10円でもいいんです、っていうふうに思ってるだけです。

福井 植村さんがおっしゃってるのは多分、そういうもう1回生まれちゃった本の二次利用はいくらでも価格破壊ができるだろうけど、人が読んで楽しい本をゼロから作るのに、そんなに安い投資でできますか? っていうさっきの議論に……

岡田 いや、それで流通が1度起きてしまったら、じゃあ、僕が18歳の高校生だったとします。で、自分が小説家になりたいと思います。で、今日の議論みたいなものを聞いて、紙の本で出したいかっていったら、微妙だと思うんですよ。初っぱなからデジタルでやった方が、いろんな権利盗られなくてすむし、編集者にあれこれ言われなくてすむし、売れるか売れないかは自己責任なんだな、ということは、俺が1晩か2晩もしくは10日間とか1カ月徹夜して書きさえすれば、あと全部俺の好きにできる方がいいじゃんっていうふうに、多分こっから先の中学生高校生、かなり思うと思うんですね。

赤松 そうですよね。

福井 やっぱりその「中抜き論」ですね。まさにね。出版社なしで、新しく、植村さんがおっしゃった書籍の二次利用じゃなくて、ボーンデジタルなものでもゼロから作っていく動きが増えていくだろうと。

岡田 僕らみたいに家に本棚があって、本が並んでいて、それを見て快感だったり、買えなかった思い出があったり、バイトして一生懸命買った人たちってのは、ファーストクラスの上客だと思うんですよ。いわゆる出版界の。ファーストクラスでアメリカまで旅行するのに50万円も払う人は、その快適さを知っているからですよね。でもそれを知らない人はどんどんどんどんローコスト航空でいいというのと同じように。

福井 三田さん、いかがですかね。いま、言ってみればすごく低コストで、ボーンデジタルな作品を生めちゃうんじゃないかっていう指摘が出ましたけども、それについて。5年という期間とも非常に関わると思うんですよね。5年なのか50年なのかで大違いだから。いかがですかね?

三田 いまね、あらゆるジャンルで素人の作品が流通するということがあります。音楽だって、自分でギター弾いて歌ってるのをビデオに撮ってネットに上げればいいわけですね。それはヒットすることもあるわけです。多くの人がネット上で素人の作品を見て、そこから面白いものが出てくる可能性はあると思います。でもね、例えばケータイ小説というモノの中のいくつかですね、それを読んだ人たちが、これを紙の本にしてくれと。主に女子中学生であります。で、そういう要望があまりに強いので出版したらベストセラーになると、いうこともあるわけですね。紙の本というのは実はステータスなんです。飛行機のファーストクラスに乗るのがステータスであるとするとですね、お金が無いからビジネスに乗ってる人がですね、もう飛行機は全部ビジネスでいいやと言ってるのと同じでですね、紙の本を出せない人が、これからはネットだけでいいんじゃないかと、いう議論だろうと思います。

 私は必ずしもすべての本が紙でなければいけないと言うつもりはありませんが、ネット上で先に出たものでも、それが本当に優れたものであれば、紙の本で持っていたいというのはですね、中学生でもそう思っているだろうと思います。

 もう1つ言えば、五木寛之さんの「親鸞」という本の前巻をネットでタダで配布して、下巻を売ろうというコンセプトなのかな、ということをやってみたら、上巻も売れたという話があります。下巻だけ紙の本を買って自分の本棚に置いておく馬鹿はいないんですね。やっぱりね、上下並んでないと紙の本は価値がないんですね。私はネット上に出すものってのは、一種のプロモーションビデオみたいなね、本のプロモーションのためにネット上に短期間載せておいて、読んで良かったら紙の本を買ってくださいというような形もこれからも起こってくるだろうなと思います。

 今、実は文芸誌がですね長編小説を連載しておいて、完成したら紙の本を買うと、いうのと同じようにですね、雑誌がやっているようなことがこれから電子書籍という形で発展していくかなと。でも最後はね、やっぱり紙の本に、これにすると。で、読者もね、やっぱりこれを買うと。これを買ってですね、本棚に置いてあることがですね、読まなくていいんですよ、買うだけでいいんです。

(会場笑い)

三田 この凄い本を、俺は買ったんだという、何か凄い人になったような気分になる。

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