エンタープライズ:トピックス 2002年6月24日更新

「プラットフォーム企業のリーダーを目指す」とレッドハットの平野社長

 レッドハットがLinux市場をエンタープライズレベルまで引き上げたいと考えているのは間違いのないことだ。なぜなら、レッドハットの顧客がそれを望んでいるからだ。しかし同社は、それを急いではいない。なぜなら、LinuxにはLinuxの流儀があるからだ。

レッドハットのビジョンを明確に話してくれた平野社長

 レッドハットの代表取締役社長、平野正信氏に、レッドハットは「エンタープライズLinux市場」をどのようにイメージ、または定義しているのかとたずねたとき、「その答えは後で……」と前置きして「Linuxが広まることが本当に良いことなのだろうか?」と問い返された。

 最初、平野氏が何を話そうとしているのか理解に苦しんだが、話を聞くうちにレッドハットの目指す方向性、そして平野氏の言いたいことが明確に理解できた。

 読者の皆さんもご存知の通り、Linuxは、たった10年前の1991年に、リーナス・トーバルズ氏が趣味で開発をはじめたオペレーティングシステム(OS)をオープンソースソフトウェアとして公開したものだ。「ホビーユース」であることは、トーバルス氏本人もさまざまなインタビューなどでそう話している。

 つまり現在の「Linuxの一大ムーブメントの発祥は、フィンランド生まれの一開発者であるトーバルス氏のホビーの輪が広がっていったに過ぎない」と平野氏。「ホビーとして利用されているうちは、“エンタープライズ”での議論はありえなかったはずだ」と加えた。

 しかし、輪が広がっていくと、これをビジネスにしたがる人たちが必ず現れてくる。オープンソースであるLinuxは初期導入コストを安く抑えることができるだけでなく、元々UNIXをベースとしていることから高い安定性を実現できる。同時にインターネットの普及とともに、インターネット向けサーバとして、このLinuxをビジネスの世界に持ち込み、新たなチャンスを見出そうとする企業が数多く登場してきた。

 そこで、Linuxディストリビュータの最大手として活動しているレッドハットが、ビジネス向けのLinuxの提供を要求されることはごく自然な流れといえるだろう。しかし、ここでレッドハットと一般企業の間に、大きなギャップが生まれることになる。

「フリーソフトやオープンソースは、元々は社会貢献の1つに過ぎなかったはず」と平野氏は言う。レッドハットがオープンソースの流儀であるGNU GPL(General Public License)に基づいて活動しなければならないのに対し、一般企業にとってはそんなことはお構い無しだ。(エンタープライズ向けのLinuxは)まだか、まだかとせっついてくる(これは一般企業というより、われわれメディアなのかもしれないが……)。

 オープンソースとは、ソースコードが公開されていることはもちろん、その利用、改変、再配布を自由に行なえることが最大の特徴だ。しかしこの「自由」という言葉が、一般的には「無料」という意味に取られてしまうことが多い。

 冒頭で挙げたLinuxの流儀とは、開発者が誰でも自由にLinuxを改良することが可能だが、その結果をフィードバックすることで、コミュニティへ貢献しなければならない、というものだ。

「フリーであることへの感謝が必要だ。オープンソースへの感謝の形は、本来フィードバックという形で行われてきた」(平野氏)

 これまで、個人がオープンソースコミュニティへ貢献する場合には、このフィードバックという方法で行われてきた。しかしLinuxを利用することで利益を生み出す企業の場合には、技術をフィードバックすることはもちろん、お金や人など、さまざまなリソースで貢献されるべきというのがレッドハットをはじめコミュニティの考えだ。

エンタープライズLinuxのモデルはIBM

「そのモデルの1つを確立させたのがIBMだ」と平野氏。IBMでは、腕時計型のコンピュータ(2001年10月11日の記事参照)からメインフレームまで(2002年5月11日の記事参照)、すべてのハードウェアでLinuxをサポートするほか、WebSphere、DB2、Lotus、Tivoliのソフトウェア4ブランドのすべてでLinuxをサポートする。まさにオープンソースに入れ込んでいる(2002年4月8日の記事参照)。

 また2001年11月には、オープンソース開発ツール「Eclipse」の開発に向け、4000万ドル相当のソフトウェアツールを共有財産として寄付するなど、さまざまなコミュニティに対する貢献を実現している(2001年11月6日の記事参照)。

 さらに先週、金融サービス企業のソフトウェア資産をLinuxに移行させることを目的としたLinux技術センターをニューヨークに開設している(2002年6月21日の記事参照)。

 そのほか日本市場では、米IBM,NEC,日立製作所,富士通の4社がオープンソース開発プロセスに基づき,エンタープライズLinuxの機能強化とオープンソースコミュニティへの共同提案活動を推進していくことを発表した。既にその成果もオープンソースコミュニティーに提案されている(2002年1月22日の記事参照)。

「この4社連合は、日本市場におけるエンタープライズLinuxの実現に向けた貢献として、非常に意味のあるものだった」(平野氏)

 これらの活動を見てみると、Linuxの流儀を守りながらエンタープライズ向けのLinuxを実現するには、かなりの覚悟が必要になるだろう。「全世界に社員が600人しかいないレッドハットが“エンタープライズ”を語ること自体がおこがましいこと」と平野氏が話すことも理解できる。

 しかし、だからといってレッドハットがエンタープライズ市場向けに何もしていないわけではない。同社は、組み込みシステムのようなフットプリントの小さな世界から、エンタープライズのような大規模な世界まで、広い分野でLinuxを利用可能にすべく活動を続けている。

 同社が現在、Linux市場でフォーカスするのは、「Advanced Server」「Advanced Workstation」「Embedded Linux」「Desktop Solution」の4つの分野だ。エンタープライズ向けLinuxは、その活動の1つであり、企業システムに必要な機能をパッケージしたものが先週、正式に出荷が開始されたばかりの「Red Hat Linux Advanced Server 2.1」だ。

 Red Hat Linux Advanced Server 2.1は、開発の時点で最も最適で安定性の高いバージョンのカーネルを採用することで、より信頼性の高いLinuxプラットフォームを長期に渡り提供することを目的とした製品だ。

 例えば、バグが見つかればすぐにコミュニティがパッチの提供やカーネルの修正により対処してくれるのがLinuxを利用するメリットの1つだ。しかし、エンタープライズ環境では、不用意なパッチがシステムに悪い影響を与えたり、信頼性を低下させたりする恐れがある。ミッションクリティカルなシステムでは、何でも新しいものにすればよいという考えだけではまかり通らない。

 これと同じ例がデルコンピュータの戦略といえる。デルが日本市場に登場した当時、コンシューマ向けのPC雑誌などでは、「最新版といいながら一昔前のチップセットを採用し……」などと揶揄されることが多かった。確かにコンシューマ向けのPCであればその通りだろう。しかし、デルが目指したのは企業向けのPC市場だった。

 企業がPCを導入する場合、大量のPCを一括導入することが多いため、大量の部品を低価格に短期間で調達することが必要になる。そのためには、最新の部品では調達が難しく価格も高価になってしまう。また、故障や初期不良を少なくし、もし故障した場合でも必要な部品を低価格で迅速に提供できなくてはならない。そうした場合、安定性の高い「枯れた」技術を採用することが最良の選択だ。

 デルの成功では、サプライチェーン管理に注目が集まっているが、このような目に見えない部分で「エンタープライズ市場」というものがどうあるべきかをよく理解していたことも成功の大きな要因の1つではないだろうか。

 レッドハットのRed Hat Linux Advanced Server 2.1も、このような考えと同じ目的を持った製品といえるだろう。エンタープライズ向け製品の実現は一朝一夕にはいかない。それは、デルやオラクルのこれまでの歩みを見ても明らかだ。しかし、レッドハットが着実にエンタープライズへの道のりを歩んでいることは間違いのないことだ。

レッドハットが目指すもの

 レッドハットが最終的に目指すのは、「プラットフォーム」の提供ベンダーだという。「Linuxを提供するベンダーには、テクノロジー型とプラットフォーム型の企業がある」と平野氏。これは、レッドハットがテクノロジーをまったく提供しないということではない。テクノロジーを提供することがレッドハットの本来の目的ではないということだ。

 平野氏は、「テクノロジーをメインに提供すると開発競争が発生してしまう」と言う。レッドハットが最も恐れていることが、技術の開発競争により互換性や相互運用性、使い勝手が犠牲になってしまう可能性があることだ。「今あるものを将来に向けて育てていくのがレットハットの目指すものであり、これは既存システムの保護に通じる」と平野氏。

 そのためには、新しい技術や標準技術を採用しながら、既存のシステムを有効に活用できるプラットフォームに目を向けるべき、というのがレッドハットの主張だ。

「レッドハットは、リーダーシップを取れるプラットフォーム企業を目指しているのだ」(平野氏)

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▼レッドハット

[山下竜大 ,ITmedia]