“Moving Future”で創る金融の一歩先日本のインターネット企業 変革の旗手たち

1999年、当時ゴールドマン・サックスのパートナーだった松本大氏が、ネットに本気で取り組むことができない大企業を飛び出し設立した、マネックス証券――今では日本を代表するネット証券になった。同社は「金融の未来」を描こうとしている、という。

» 2008年01月02日 00時00分 公開
[堀哲也,ITmedia]

 マネックス証券のエントランスには天体写真をアートにしたトーマス・ルフの「STARS」という作品が飾られている。同社の代表取締役社長CEO、松本大(おおき)氏は取材撮影中、「これを見ていると僕らの悩みなんてチリのようなものですね」と話し掛けてくる。その柔軟な感覚で、日本を代表するネット証券をつくり上げた。

松本大氏 「マネックス証券のロゴは生き物なんです。こんな金融機関は珍しいと思います」と松本大社長

 ゴールドマン・サックスのパートナーにまで登り詰めた松本氏だが、1999年に自らネット証券であるマネックス証券を立ち上げた。インターネット企業は混沌・淘汰の時代を乗り越え、社会生活をがらりと変えたが、マネックス証券は金融の世界を変えようとしている。

ITmedia 投資銀行出身でネットビジネスを起業したというのは珍しいですね。インターネットとはどうやって出会ったんでしょうか。

松本 1998年2月だったと思うのですが、IIJ(インターネットイニシアティブ)の鈴木幸一社長と知り合ったのがきっかけです。当時ゴールドマン・サックスにいたわたしは、インターネットの存在こそ知っていましたが、自分では使ったことはありませんでした。鈴木社長の話を聞いて「これはすごいな」と思い、生まれて初めてプロバイダー契約しました。

 ところが、ネットを始めてみると、遅いし、大したコンテンツはないし・・・・・・これはいったい何なんだろうと思いましたね(笑)。

 しかしインターネットの世界に引き込んでくれたのは鈴木社長でしたから、今の電話の仕組みである回線交換とは異なるパケット交換などの理論をよく聞いていました。特に金融というのは、データのやり取りだけで、物のデリバリーが伴わない世界です。インターネットの影響を受けるとしたら、どの産業よりも大きいと感じました。

 そして9月には、当時いたゴールドマン・サックスに個人に向けたインターネット金融会社の展開について提案をしたのですが、残念なことに却下されてしまったんです。

ITmedia それで自らビジネスを興されたわけですね。ネットの1ユーザーに過ぎない中、新しい世界での挑戦はチャレンジングではありませんでしたか。

松本 自分としては、当てずっぽうに提案したという気持ちはありませんでした。金融についてはプロフェッショナルだし、ネットについては専門家中の専門家である鈴木社長に教わった。これを組み合わせれば「大変なことになる」という認識が強くありました。

 とはいえ、わたしは債券取引の経験はあっても、株や個人向けのトレードにはかかわったことがなかった。もちろん、インターネットも素人でした。しかし当時、米国でもネット証券に取り組んでいたのは、チャールズシュワブぐらい。日本でも大和ダイレクトや松井証券などがオマケにやっていた程度。ネット証券はまさに「夜明け前」という感じで、誰も本気でやっていないのだったら、自分が始めてもいいじゃないか、と。今考えると、随分、乱暴な考え方かもしれませんね(笑)

ITmedia ネット証券の登場によって、株取引のすそ野は拡大しました。その強みをどのように分析されていますか?

松本 一般には2点ぐらい指摘されています。最も言われるのは、「安い」ということ。店舗も営業部隊も持たないわけですから、コストは掛かりません。その分、確かに安くサービスを提供できます。2つ目は「便利」になった。確かに夜でもできるし、どこでも取引に参加できる。でも、昔から電話で注文できたのだから、インターネットだからという感じはしませんよね。だから、これらが本当の理由だとは思っていません。

 わたしは、ネット証券が成功したのは「プライベート」な取引を可能にしたからだと考えています。お金にまつわることには、秘匿性がすごく大切です。みんな隠しているわけじゃないけど、あまり見られたいとは思っていません。もちろん家族に対してだけじゃなくて、相手方にいる営業員にも本当は知られたくない。ネット証券なら、誰にも知られずにできるわけです。

松本社長は、家にいるときは音楽を流していることが多い。仕事をしながら楽しめるからだという

ITmedia 大企業はいまだにネットの流れに乗り切れず、成果を上げられていません。機動力のある新興企業にやられてしまいました。

松本 このようなご時世になっても経営者が「わたしはネットを使わない」などと言って笑っているようだと、成果を上げることはできません。インターネットがこれほどまで大きくなっているのに、自ら重要性を認識しようとしないのは背任行為に近いですね。

 とはいえ、これは企業の中の話で、世間ではネイティブインターネット世代でない40歳代以上でもネットを日常的に使っている人はいくらでもいます。定年退職してオンライントレードを始める人はたくさんいますし、わたしの父はキーボードを打つのがわたしよりも速い、PCも自分で組み立てちゃう。大企業は、世間とは随分かけ離れてしまっています。

ITmdia ネットの技術は進化してきました。注目している技術や動向などありますか?

松本 インターネットは随分進化したと思いますが、キーボードとモニタは実は20年近く変わっていない。これは技術者の怠慢だと思いますね。今の技術なら、レーザーで目の前に3D表現したり、音声認識で簡単に入力できたり――そういうことは可能だと思います。そうなればオンライントレーディングも変わってくるかもしれません。

ITmedia Web 2.0、CGMといったトレンドは影響してきませんか?

松本 CGMは金融の世界とはあまり関係ないと思います。1つ間違えると、風説の流布につながる危険性があるし、Amazonのようなリコメンデーションも本などの世界では成立するかもしれませんが、金融商品で「これを買ったあなたには、これをどうぞ」とやってしまうと、誰かに見られている気がして、不評でしょうね。先ほどお話ししたプライベートの裏返しになってしまいます。金融の本質は秘かなものなのです。

ITmedia マネックス証券をどのような会社にしていきたいと考えていますか?

松本 わたしたちは夢や志を大切にしています。当社の社名はスタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』に出てくる“HAL”という人工知能をモデルに命名しました。キューブリックも原作者のアーサー・クラークも否定していますが、“HAL”はIBMのアルファベットを1つずつ前に進めて「ネクストジェネレーションコンピュータ」を表しているという説があります。これと同様に、MONEYの“Y”を1つ進めてMONE“X”とし、お金の未来を表したのがMONEXという会社です。お金との新しい付き合い方をデザインして、世の中に問うていくという思いが込められているのです。

 未来の金融はわたしがつくるのでなく、その時その時の社員がつくっていく、“Moving Future”でやっていきたいと考えています。既に大手金融機関の目的は自己保存みたいなものになっていますから、これは普通の金融機関にはない考え方ですよね。

ITmedia  未来の金融をつくるために、どのような人材が魅力的でしょうか?

松本 「実現できる」という強い意思を持っている人を大切にしたいですね。人よりも先へ行くには陸上競技と同じで、イメージと自信があって初めて結果が伴います。ただ、一生懸命努力したというだけではダメです。「やってみよう」ではなくて、「結果を出してみせる」そういう人が必要です。

 当社は東証1部に上場していますが、スピリットはベンチャー企業です。社会的に意味のある仕事をしていると同時に、起業家精神があふれています。ベンチャーらしさを忘れず、社会を変えていくような会社であり続けたいと思います。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ