ベンチより実効性能を重視――スパコンについてNECに聞いてみた次期SXは2013年リリース?(1/2 ページ)

「2位じゃダメなんでしょうか?」――事業仕分けで一般の話題にもなったスパコン分野だが、NECの久光HPC事業部長は「真に問うべきはベンチの順位ではなく、実アプリケーションを走らせた際の実効性能。ベンチのために作ったシステムに存在意義はあるのか」と指摘する。

» 2011年02月01日 08時00分 公開
[石森将文,ITmedia]

 1980年代から1990年にかけてのスーパーコンピュータは、演算を並行して実行できるベクター型のプロセッサを搭載するのが一般的であった。だが90年代以降、特に21世紀に入ってからは、x86系などスカラー型のプロセッサが、その安さを武器に市場に浸透することとなった。

 だが今やスカラー計算機は、安いだけのものではない。実際のところ「TOP500(高速なコンピュータをランク付けするプロジェクト)」で上位を占めるのは、XeonやOpteronなどx86系を中心に、あとはGPGPUやPowerが少々といった状況であり、演算性能の向上も著しい。

 ではベクター計算機は座して死を待つのみなのだろうか? NECの久光文彦 HPC事業部長は「ベクター計算機を追究していく価値は、まだ十分にある」と話す。同時に「市場を拡大するには、ベクター計算機の長所を示し得る戦略が必要だ」と指摘する。

ベンチではなく実効性能重視

NECの久光文彦 HPC事業部長

 今やベクター計算機は、価格だけでなく性能でもスカラー計算機に水をあけられており、TOP500のランキングもそれを示している――久光氏は、このような一般の認識に警鐘を鳴らす。

 例えばTOP500の指標として用いられるLINPACK ベンチマークについて久光氏は、「どんなプラットホームでもある程度の性能を期待できるベンチマーク」だとする。ベンチマークの特性上、大量のノードを並列で並べて性能を出せばよく、ノード間の通信はあまり省みられないので、スカラー計算機でも高いスコアを出しやすいのだ。

 これは、“実アプリケーションを走らせた場合はベンチマーク性能が即実効性能となるわけではない”ということを意味する。大規模シミュレーション分野で使われるスーパーコンピュータでは、流体力学コードや重力方程式コード、また粘性流体力学コードなどを走らせることが多く、こういったケースではメモリ負荷がボトルネックとなり、LINPACK ベンチマーク向けに設計されたスカラー計算機では性能を出しにくいのだ。

 例えばLINPACKで80%弱の実効性能を示したOpteronサーバで流体力学コードを走らせると、その実効性能は10パーセント強まで落ちてしまうのに対し、SX-8(1世代前となるNECのスパコン。現行機種はSX-9)では約60%の実効性能を示す。「スーパーコンピュータとは、そもそも用途があって、そこで性能を出したいユーザーが導入するもの。PCクラスタですべて解決できる分野ではない」と久光氏は話す。

米Lawrence Berkeley National Laboratoryによる評価結果。LINPACKが示す性能は、実アプリケーションの実効性能と乖離している(NEC資料より)

ベクターとスカラーの性能差を示すメモリバンド幅

 このような実効性能の差は、メモリのデータ供給能力、いわゆるメモリバンド幅によりもたらされる。ピークとなる演算性能とメモリバンド幅の相関関係は「Byte per FLOP(B/F値)」で表され、シミュレータ系のアプリケーションで一定の性能を出すには、B/F=1程度は必要だとされている。「メモリバンド幅の重要性は、スーパーコンピュータにかかわっている人間の共通認識」(久光氏)

 また久光氏は「スカラー計算機にはメモリウォールの問題が付きまとう」と指摘する。メモリウォールとはCPUの性能向上にメモリの性能が追いつかない、いわばその“壁”のこと。大きなデータをやり取りするようなアプリケーションの場合、メモリの性能がボトルネックになる(B/Fが1を下回る)と、性能が極端に落ちてしまう。ただし、小さなノードを大量に並列して演算を繰り返すだけで、メモリ間アクセスはあまりないという(LINPACKのような)アプリケーションであれば、十分な性能を期待できる。

演算性能に特化したスカラー計算機の場合、メモリがボトルネックとなる(NEC資料より)

 またベクターとスカラーの違いは、キャッシュの有無にも見出せる。メモリバンド幅が低いスカラー計算機は、対策としてキャッシュを備え、そこにデータを置き処理をする。だがキャッシュの容量には限りがある。スカラー計算機は、対象データ量がキャッシュサイズを超えかねないという問題から無縁でいられず、キャッシュからデータがあふれた瞬間、性能低下をきたす。

 対してベクター計算機の場合は、メモリが直接、データを取りにいくため、対象データサイズによる性能低下が少ない。「データの供給能力が高く、キャッシュに依存しないため、大規模演算に向いているということ」(久光氏)。

 このため久光氏は「スカラー計算機は構造解析や物質・化学といった分野に向く」としつつ、「気候や気象のシミュレートや流体解析といった大規模データを扱う分野では、ベクター計算機に利があるだろう」と話す。「実際、ドイツとフランスの気象庁ではSX-9が稼働しており、ユーザーからは“SXシリーズがなければ天気予報ができない”と言われている」と久光氏は話す。他にもフランスの原子力研究機関で採用されているなど、特にヨーロッパ地域ではNECのベクター計算機に対する信頼は厚いようだ。

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