ミニシリーズ「コンプライアンスの落とし穴」の新人君、中高年と続く3回目は、企業の役員が陥りやすいコンプライアンスの盲点を解説しよう。
新人君、中高年と続いたミニシリーズ「コンプライアンスの落とし穴」は今回が最後。読者からは、「次は社長ですか? 役員ですか?」というメールもいただいた。社内教育用としてこのシリーズを活用していただければ幸いである。
このミニシリーズを作成する上で、企業のコンプライアンス部署の方とブレーンストーミングを行った。その際に最も揉めたのが、この古くて新しい問題である「セクハラ」だった。中高年のパートで取り上げるか、役員のパートで取り上げるべきか相当に悩んだ。結論としては、どちらが企業としてのダメージが大きいか、どちらがセクハラしやすいかなどの視点で役員のパートに記載することにした。
筆者が一番に主張したいのは、自分の感性や考え方は年齢が開くほど、そして男性と女性の差でも想定以上に違うという事実である。自分がいかに相手のことを思いやった結果の行為だと主張しても、相手にとってその行為が「不快」なら、それがほんの少しでも性的に関係するものなら、セクハラとして認定されてしまう。上下関係も影響すればパワハラにもなる。こうなれば言い逃れは通じない。行為を働いた側の感情は全く考慮されず、唯一考慮されるのは被害者の感情だけである。
また、セクハラは時代とともに国や地域によっても大きな違いがある。明らかに言えるのは、時代とともにその価値観やボーダーラインが厳しくなっているということだろう。筆者が若い頃と今とでは“月とスッポン”ほど違うと感じる。筆者が目の当たりにしたケースを抜粋するだけでも以下のようなことが実際に起きた。
まるで石器時代のような感じのエピソードだが、筆者が本当に経験したものばかりである。こういう経験を普段からしていた男性(一部だが)が、今では50代や60代となり、「わがまま」がある程度押し通すことができる「役員」になった。それがセクハラを働く背景の一端にあると考えていただきたい。その意味では最もタチが悪いのだ。本人でも気がつかないうちにコンプライアンスに抵触してしまう可能性が高いのである。
しかも権力を振るうことができるから、「なぜ役員である俺の言うことが聞けないのだ」と、心から考えてしまう節がある。本人は「このくらいは当然」「若いうちは苦労しないと」という見当違いの理屈を並べてしまう。
最も啓蒙教育を受けなければいけない年齢層は、実は一番円熟していて物事の善し悪しが分かっているはずの役員や経営者である。コンプライアンス担当の部署でも、従業員教育は徹底しても、役員や経営者の教育となると、どうしてもテンションが下がってしまいがちだ、特に役員や経営者に近い立場の中間管理職のお悩みは相当のものだろう。ある企業の課長などに聞くと、「何とかしないとまずいですね」と答えるのだが、実践されている企業はまだまだ少ないのが実情である。
セクハラ訴訟による賠償額はウナギ昇りの状況にある。悪質な場合なら、国内の判例でも1000万円台の実例が増加しており、国内企業が外国で訴訟された例なら、1996年の米国三菱自動車のケースで220億円(当時のレート)となり、結局は34億円で和解に至った。2006年には、北米のトヨタ自動車の現地法人に対して214億円を請求する訴訟があり、具体的な金額は非公開だが、かなりの金額で和解しているのだ。
まさしく役員にとっては「たかがセクハラ、されどセクハラ」となり、早急に意識改革を要することが必須と考えている。予防策は、「冗談でもそれに抵触する可能性のある全ての行動は抑制する」ことである。
セクハラとはいっても、大きく「触らせないと出世させない」もしくは被害者の意思と関係なく「触る、なでる、」という感じで、相手に直接的に関与する型と、ヌード写真を職場で見せ合う、男性同士で下ネタを話すなどの間接的な環境型の2つに分かれる。当然ながら賠償額が高いのは前者である。だが後者については現在でも、「そんなケースはセクハラになるはずがない」と豪語する役員や経営者がいる。少し前まで平然と女性社員に触れていたのだから無理もない。今では壁紙にヌード画像を使用することも許されない事実を知らないのである。
大学などの場では教員と女性生徒が面談する場合、ドアを解放し、一部の教授は自衛のためにICレコーダーで会話を録音している(教育界のセクハラは「アカハラ=アカデミックハラスメント」と呼ばれる)。企業で一刻も早く行うべきは、役員や経営者に対するコンプライアンス教育であることがご理解いただけるだろう。
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