老朽化したオンプレミスのグループウェアをクラウドファーストでリプレイスした京都大学。教職員の要望に応えて作り込みまくった旧基盤を捨て、SaaSありき、カスタマイズはあえてしない方針を貫いたIT企画室の狙いを聞いた。
京都大学は、2万3000人以上の学生と1万2000人以上の教職員を抱える巨大組織だ。大学運営を円滑に運ぶための情報システムの整備にも注力し、同学のIT戦略は「京都大学ICT基本戦略」として公表されている。
「情報環境機構」は、同学のIT施策全般の企画と実行を担う学内組織だ。ITインフラや業務系システムの構築と運用、教育や研究のためのIT環境の整備支援などの分野ごとに専任部門を設け、それぞれ教員と技術職員、事務職員がタッグを組んで情報システムの維持に当たっている。
特に教員によって構成される「IT企画室」は、専任部門を束ねて学内全般のIT戦略の立案と実行に責任を持つ中心的な運営組織だ。IT企画室長と学内の業務系システムの企画・運用を担当する「電子事務局部門」の部門長を兼務する永井靖浩教授は、取り組みを次のように語る。
「電子事務局部門が中心になって、京都大学ICT基本戦略の中の一つとなる『業務支援ICT戦略』を進めてきました。具体的には学内データの一元管理や共有、教職員が利用するメール環境の整備、教職員用ポータルの整備といったバックオフィス系の情報システム整備です」
中でも教職員用ポータルは、教職員の日常業務において極めて重要な位置を占める。もともと同学は、教職員向けの情報共有やスケジュール共有、メールなどの仕組みを、グループウェアパッケージ製品「IBM Lotus Notes/Domino」(以下、Notes/Domino)で構築していた。
「ユーザーの要望に応えて細かいカスタマイズを重ねた結果、運用コストや手間が負担になりました。新たにNotes/Dominoの開発要員を確保することも難しくなり、業務が属人化したりシステムがブラックボックス化したりするリスクも高まりました。長年にわたる運用の中でだんだんと『ゴミ』もたまり、ハードウェアの保守期間の満了が迫ったこともあってシステム刷新に踏み切ったのです」
永井教授は、教職員用ポータル刷新に当たって幾つかの条件を設定した。代表的なものは以下の通りだ。
特に「SaaSであること」にこだわった。ユーザーの利便性を重視するあまり、Notes/Dominoに過度なカスタマイズを施したことで他のシステムとのデータの連携性や互換性が保てなくなったことを反省したのだ。
「新たに構築する教職員用ポータルには、あえてカスタマイズの幅が限られているSaaSを採用して、基本的には標準機能をそのままユーザーに使ってもらう方針を定めました。カスタマイズを少なくすることで導入コストを抑えるとともに、外部システムとの連携性を高めたいという狙いがありました」
入札の結果、サイボウズのグループウェア「Garoon(ガルーン)」を中心に据えたシステム構成を提案したベンダーに決まった。Notes/Dominoで実装していた一部の業務アプリは、同じくサイボウズが提供するクラウド型のWebアプリプラットフォーム「kintone」を用いて開発し、グループメール機能は「G Suite(現Google Workplace)」に含まれる「Googleグループ」を利用することになった。
新教職員用ポータルの構築作業は2018年5月からスタートした。ほんの一部の例外を除いて、独自のカスタマイズやプログラム開発は基本的にせず、Garoonが提供する標準機能だけで画面やプロセスを構成した。
「カスタマイズをしない方針を徹底したため使い勝手にある程度の差異が生じましたが、利用者には徐々に慣れてもらうしかないと割り切ました。Notes/DominoからGaroonへのデータとアクセス権限の移行に多少手間取りましたが、目指した形に近いものが完成しました」
新教職員用ポータルのリリースと時期を同じくして、教職員が利用するメール基盤の刷新も実施した。教育機関向けの「G Suite for Education」を導入して、オンプレミスで運用していたメール基盤を「Gmail」に切り替えた。
京都大学は、Garoon、kintone、G Suiteという3つのSaaSを束ねてユーザーの利便性を高めることに注力した。教職員用ポータルへの認証はオープンソースのミドルウェア「Shibboleth」を用いて構築済みだった認証基盤に統合され、ユーザーは既存のアカウントを使ってシングルサインオンで各SaaSをシームレスに利用できる。
特にユーザーのニーズが高いことが予想されたGaroonのスケジューラーとGoogleカレンダーの自動同期は、セゾン情報システムズのスケジュール連携ソフト「PIMSYNC」で実現した。このような外部ツールとの柔軟な連携による機能拡張はGaroonの特長の一つだ。サイボウズは、フルスクラッチに近い開発が不要で手軽に導入できるだけでなく、運用のしやすさも確保した「連携ソリューション」の充実に力を入れている。
なぜここまで柔軟な拡張が必要だったのか。永井教授は次のように振り返る。
「実は、職員は教職員用ポータルを頻繁に利用するものの、教員はほとんど使っていませんでした。彼らは部局が独自に運営するWebサイトを通じて情報共有をしていたのです。一部の部局は情報共有のため部局独自テナントでG Suiteを利用していました。教職員用ポータルの刷新に当たっては教員の利用率を上げ、教職員全体の情報共有を向上させる仕掛けが求められました」
調査してみると、多くの教員がオンプレミスのメールシステムに届いたメールを個人で利用するGmailに自動転送したり、スケジュールをGoogleカレンダーで調整したりしていることが分かった。
新システムにおけるGmailやGoogleカレンダー連携は、いわば教員にGaroonを積極的に使わせるための「キラーサービス」だったのだ。工夫のかいもあってか、新教職員用ポータルは教員の間でも徐々に利用が広がりつつあるという。
導入当初は、システムの細かな使い勝手が変わってしまったことに起因する問い合わせが多数寄せられたが、リリースから1年を経て利用者アンケートを実施したところ、約4割のユーザーが「満足」と回答し、「不満」と答えた13%をはるかに上回った。
永井教授は、グループウェアを使った情報共有の文化が学内に定着しつつあるとGaroonの導入効果を高く評価する。
「Notes/Dominoを使っていたころは教員ユーザーが少なかったこともあって、グループウェアとしての機能を有効活用できていたとは言えませんでした。Garoon導入後は事務職員が教員のスケジュールを入力して共有したり、メールで回覧していた連絡やスケジュール調整などをGaroonの掲示板やスケジュール機能でしたりと、ようやく本来のグループウェアとしての使われ方が浸透してきたと実感しています」
システムを運用する側にとってもGaroonによる教職員用ポータル刷新の効果は大きかった。SaaS利用によって自分たちでサーバを始めとするハードウェアの運用管理をする必要がなくなった。Notes/Dominoの開発スキルを持つ要員を確保する必要もなくなった。
BCPの側面でも大きな前進があった。近年多発する集中豪雨などの異常気象に加えて、京都大学のキャンパスの近くに活断層が走っていることもあって災害リスクとは隣り合わせだった。クラウドに移行したことでシステム全体の災害対策が強化されたとともに、データバックアップ作業に要する手間やコストも大幅に削減できた。
永井教授は、情報セキュリティ対策の強化という面でもGaroonの導入効果は大きかった評価する。
「サイバー攻撃のきっかけの多くは、メールに添付された悪意のあるファイルをクリックすることです。だからメールにはファイルを添付しないようにとキャンペーンを実施してきましたが、なかなか浸透しませんでした。ところがGaroonとG Suiteの導入によって彼らの行動が変わり始めました。Garoonのメッセージ機能を大容量ファイル転送ツールのように使ったり、Googleドライブで共同編集したりといったことが発生しています。学内におけるメールセキュリティのリテラシーもかなり底上げできたのではないでしょうか」
最後に永井教授は、SaaS活用によるメリットを他の教育機関にも訴求していきたいと述べた。
「大学や教育機関におけるデータ利用を活性化させるためには、互いが保有するデータをできるだけ簡単に比較できなくてはなりません。実際には各大学がばらばらにシステムを導入しているのでデータが標準化されておらず、データ共有はなかなか進みません。この課題を解決するための最も手っ取り早い方法は、Garoonのような既存のSaaSをみんなが利用することです。幸い京都大学では今回のプロジェクトで大きな成果を上げました。知見を共有して大学間のデータ活用の推進に貢献できればと考えています」
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提供:サイボウズ株式会社
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia エンタープライズ編集部/掲載内容有効期限:2020年12月15日