SAP経営陣からミューラー氏が離脱 SAP BTPの戦略はどうなる?

SAPのCTOであるユルゲン・ミューラー氏は、あるイベントでの出来事を原因として同社を去ることになった。同氏が重要な役割を果たしてきたSAP Business Technology Platformの方向性はどうなるのだろうか。

» 2024年11月08日 07時00分 公開
[Jim O'DonnellTechTarget]

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 SAPの経営陣の刷新が続いている。CTO(最高技術責任者)および執行役員を10年以上務めたユルゲン・ミューラー氏は、3年間の契約延長がされてからわずか数カ月で退任することになった。

 SAPでは2024年8月末にも取締役会から2人が退任している。そして2024年9月30日、ミューラー氏とSAPは合意の上で別れることになった。SAPによると、「今回の決断のきっかけは、過去の社内イベントにおけるミューラー氏の不適切な行動に起因する」とのことだ。

不適切な行動によってSAP首脳陣から離脱

 ミューラー氏は、プレスリリースで次のように述べた。

 「過去の社内イベントにおいて、私の行動が不適切だった件について触れたいと思う。配慮に欠けていたことを後悔しており、影響を受けた皆さまに心から謝罪したい。当時の私の行動は、SAPの価値観を反映していなかったと認識している。私が全責任を負い、辞任することが企業にとって最善だと信じている。チームのさらなる成功を祈っている」

 2024年8月31日に同社のマーケティング&ソリューションズに関する最高責任者であるジュリア・ホワイト氏と、営業責任者のスコット・ラッセル氏がSAPを退社することが発表された1カ月後に、ミューラー氏の退任は起こった。SAPはこれらのメンバーの退任を「戦略的な移行」と説明し、経営陣の合理化と「スイートおよびAIファーストの戦略」に集中するためのとしている。

 ミューラー氏は2013年にSAPに入社し、同社のInnovation Center Networkの責任者を務め、2016年には最高イノベーション責任者に就任した。2019年にはCTOとして取締役会のメンバーに昇進し、2024年4月には2027年までの契約を更新していた。

 ミューラー氏はCTOとして、SAPの「SAP Business Technology Platform」(SAP BTP)、つまりSAPの開発および統合環境の戦略策定と開発において重要な役割を果たした。SAPによると、SAP BTPは現在、2万3000社以上の顧客に利用されている。

 また、ミューラー氏は、SAPの技術戦略「クリーンコア」の主要な推進者の一人でもある。これは従来のSAPシステムから「SAP S/4HANA Cloud」へ顧客の移行を支援することに焦点を当てた取り組みだ。SAPは、クラウドや生成AIのような先端技術を顧客が活用するためには、BTPおよびクリーンコアの技術戦略が不可欠と考えている。

 SAPによると、後任が決まるまでの間、CEOのクリスチャン・クライン氏がミューラー氏が率いていたテクノロジーとイノベーションの大部分を引き継ぐとのことだ。また、ミューラー氏はSAP Global Security and Cloud Complianceのチームも監督しており、こちらは今後、取締役会メンバーであるトーマス・ザウアーエッシグ氏の下にあるCustomer Services and Delivery Boardに加わることになる。

大きな変化はないが「タイミングとしては厳しい」

 調査企業Forrester Researchのアナリストであるリズ・ハーバート氏によると、ミューラー氏は何年もその職務に就いており、一般的に高く評価されているため、今回の退任がSAPのテクノロジーとプラットフォームに関する話にネガティブな混乱が生じる可能性が高い。SAP BTPが中心的な役割を果たすことが多いSAPの開発者向けカンファレンス「TechEd」が2024年10月に予定されていることを考えると、同氏の退任は微妙な時期に実施された。

 ハーバート氏は、SAPがこの重要な役割の後任を迅速に指名するだろうと考えている。同社にはプラットフォームや技術に特化した他の幹部候補がいるようだ。

 「私の見解では、意見の相違ではなく、不幸な個人的な出来事が原因でミューラー氏は退任するようなので、技術やプラットフォーム戦略が大きく変わることはないだろう」(ハーバート氏)

 企業分析サービスを提供するDiginomicaの共同創設者であるジョン・リード氏によると、「ミューラー氏の退任があっても、クラウド全体でSAPのアプリケーションを拡張するためのプラットフォームであるSAP BTPの将来について心配する必要はない」という。それは、本取り組みが取締役会全体の支持を得ているためだ。

 「しかし、ミューラー氏は開発者コミュニティーにとって親しみやすく、頼れる存在だった。現在、SAPの開発者たちは多くの変革に直面している。同氏の退任はSAPにとって確実に大きな変化となるだろう」(リード氏)

 調査企業であるConstellation Researchのアナリストのホルガー・ミューラー氏によると、ミューラー氏の退任は、共同創設者であり同社の象徴でもあるハッソ・プラットナー氏の時代が終わりつつある最新の兆候だ。プラットナー氏が採用し、指導した幹部たちが続々と退社しているためだ。

 ホルガー・ミューラー氏も「クライン氏はSAP BTPを常に支持してきたため、プラットフォームの重要性が変わる可能性は低い」と同意している。

 しかし、ホルガー・ミューラー氏は「SAPの取締役会は歴史上最も経験の浅い状態にあり、1年以上の経験を持つメンバーは3人しかいない」と指摘する。

 「これは必ずしも悪いことではなく、クライン氏が望む形でSAPを構築している様子が見受けられる。顧客のS/4HANAへのアップグレードを推進し、チームを補完する上で、新たな最高収益責任者や最高マーケティング責任者の採用は非常に重要になるだろう」(ホルガー・ミューラー氏)

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