情シスは企業活動を根幹から支える重要な役割を担うが、経営層にはその役割が十分に理解されないことがある。そんな情シスの「ぼやき」を「情シスSlack」が掘り下げると、思わぬ突破口が見えてきた。
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情報システム部門は企業活動を根幹から支える重要な役割を担うが、その貢献や苦労が十分に理解されないことがある。
そんな情報システム部門の担当者(以下、情シス)を応援したいという強い思いから、RX Japanは「Japan IT Week」で特別企画「情シス応援パビリオン」を開始した。東京開催(2025年4月23〜25日)での展示は関西開催(同年1月15〜17日)に続いて2回目だ。
情シス応援パビリオンでは情シスのリアルな課題に寄り添うことを目的に、情シスを中心とした約1万4千人が参加するコミュニティー「情シスSlack」がアドバイザーを担っている。そして、開催2日目には併設して開催される「Japan IT Weekカンファレンス」にて、情シスSlackの運営を担う日本ビジネステクノロジー協会の岡村 慎太郎氏と引田健一氏による対談講演「情シスの業務を、経営陣にわかってもらうには」が実施された。
対談のテーマは、事前に情シス応援パビリオンで寄せられた情シスの「ぼやき」、つまり現場の困りごとや課題を基に進められた。一見、「ぼやき」は情シスの日々の鬱憤(うっぷん)のはけ口のようにも感じられる。ただ、両者がひもとくことで、情シスが経営層にITの価値を“真に”理解してもらうためのノウハウが見えてきた。
岡村氏は、「モダンなセキュリティ」が経営にとって喫緊の課題であることを経営層に理解してもらうためには、情シス自身が経営層や会社状況を十分に理解している必要があると考える。
「情シスは技術だけでなく、バックオフィスや経営企画の要素も担う、非常に幅広い役割です。にもかかわらず技術的視点のみから提案をしてしまっては、経営層にその必要性を理解してもらうのは難しいでしょう」(岡村氏)
引田氏は「経営層からすると、『結局コストしかかからないのでは?』といった疑問が生じがちです」と考えを代弁し、情シスがやりたいことと経営の方向性のギャップを埋める努力が不可欠と強調した。
そこで岡村氏は、「効率化による新たな価値創出」や「将来的な貢献」という視点での説明が重要と考える。普段から経営層とのコミュニケーションを通じて事業の重視点などを把握し、コスト削減だけでなく、事業成長や新たな価値創造のストーリーとして伝えるべきと述べた。
情報システム部門におけるIT施策の費用対効果を算出するのは難易度が高く、コストセンターと捉えられがちな現状がある。岡村氏は「導入メリットに加え、将来的な損失を防ぐ視点での説明が有効」と話す。
工数削減の例であれば、「人員削減」ではなく「将来的な人員増加抑制」という視点で、事業計画に基づいた具体的な将来予測を示す重要性を強調した。そのためには事業計画の理解が不可欠であり、経営層へのヒアリングが信頼関係構築につながるという。
一方、引田氏は、ある情シスから「定年間近の担当者から『余計なことをするな』と言われる」という切実な相談があったと話した。それに対して岡村氏は、より上位層への相談も検討すべきと回答した。「短期的な売上ではなく中長期的な視点での費用対効果を説明し、間接効果や将来的なメリットを含めて多角的に伝えましょう」(岡村氏)。
岡村氏は、新規導入が難しい背景を「既存の類似ツールが存在する、他に優先すべき投資がある、などの理由が考えられます」と類推し、試したいツールがあれば全社導入ではなくPoC(概念実証)から始めるのが有効と提案した。
同氏は「おすすめはしませんが、個人的な経験としては、自費で購入して徹底的に検証し、具体的な成果をもって提案することで、導入に至ったケースもあります」と成果の可視化が大切と話した。トライアルや少額導入で実績を示すことが最も強力な説得材料だという。
引田氏は、「経営層とのミーティング時間がなかなか取れず、確認したいことや報告したいことが全くできないという状況もよく聞かれます」と時間確保の難しさに触れ、「私がよくやっていたのは、社長がトイレに行きそうなタイミングを見計らって、入り口まで追いかけ、廊下で数分でも時間をもらい、要件を伝えるという方法です」と隙間時間を活用したコミュニケーション術を紹介した。
岡村氏も、時間がない経営層にはアジェンダ共有と判断ポイントの明確化が必要とし、リスクや効果を踏まえ判断材料を提示すべきと述べた。「ビジネスでは『エレベーターピッチ』と言われますが、まさにそうした短い時間で要点を伝えるスキルが求められます」
引田氏は「ランチへの誘いも有効で意外と喜んでくれる経営者の方も多い」と話し、岡村氏も「平社員から経営層に話しかけるのは、名前を覚えてもらったり、次も声をかけてもらえるきっかけになったりする可能性もあります」と積極的に話しかけるメリットを強調した。
引田氏は、「情報システム部門によくある悩みですね。『まずは自分で調べてから質問してきてほしい』という気持ちと、『変なことをされる前に聞いてほしい』という気持ち、どちらも理解できます」とジレンマへの理解を示した。
岡村氏は、「頻繁な問い合わせは情報アクセス方法の問題かもしれない」とし、情報共有の仕組みの見直しを提案した。その一方、直接的なコミュニケーションによる迅速な解決も重要だと強調し、引出氏も経営層と同様に従業員とのコミュニケーションも大切と話す。
「顔を覚えてもらい、『あの人に聞けば何とかしてくれる』という信頼を得られれば、業務の別の場面で寛容になってもらえる可能性もあります。『今後はこういう風に聞いてくださいね』『こういう情報があればスムーズに対応できますよ』といったフィードバックをすることで、問い合わせの質が向上するかもしれません」(引田氏)
岡村氏は予算獲得は永遠のテーマとしつつ、「予算を求める担当者は、自社の予算規模を正確に把握しているでしょうか? 売上、利益、そして一般管理費に使える予算の全体像を理解していることが意外と少ないのです」と指摘した。
同氏は管理部長などへの相談を通じて財務状況を理解することの重要性を説き、それが信頼感につながり提案をスムーズにすると述べた。
講演の終盤では、QRコード読み取りによってリアルタイムで投稿された「ぼやき」に対する回答もされた。
「経営層から『EDR(Endpoint Detection and Response)の必要性を感じられない』と言われた」といった投稿に対して岡村氏は、「脅威アクターは営利目的。ニュースになる大企業が主な標的になりがち」と企業規模帯によって考え方は変わると話し、「経営者の視点ではリスクとコストのバランスが常に問われる。中小企業が高度な対策を必須とするかは一考の余地がある」と回答した。
引田氏は参加者の苦労に共感しつつ、「情シスには自身の知識やスキルを向上させられる多くの機会があります。AIなどの新しい技術に触れる機会も増えています」と前向きな側面を話す。「予算が少なくても工夫し、コミュニティーを活用して楽しく仕事に取り組みましょう」と講演を締めた。
日々の業務に忙殺され、経営層や会社状況を理解する余裕がない情シスも多いだろう。仮に余裕を生むためにアウトソースを提案しようとしても、「浮いたリソースで何をするつもりか?」と問われ、経営層を納得させられなければ「楽をしようとしている」とむしろ誤解を生んでしまうかもしれない。
そのようなジレンマを抱える情シスにとって、本講演は経営層に近づくための示唆に富んでいたように思う。情シスから一方的に経営層にITに対する理解を求めるのではなく、情シス側から積極的に歩み寄ることの重要性が繰り返し強調されていた。情シスは、ただITの必要性やコスト削減を訴えるだけでなく、経営層との共通言語によって簡潔かつ的確に情報を伝えることが求められているということが分かる。
情シスが経営層に近づき、IT戦略をビジネス戦略と一体化させることは、DXへの取り組みだけでなく、新たなビジネスチャンスの創出にもつながる。情シスがビジネスの重要なパートナーとして認識され、積極的に対話と連携を強化するための参考になればと思う。
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