AIスタートアップのSpiralAIは感情特化型LLM「Geppetto」を開発した。一見エンタメ向けにも見えるこの技術が、B2B領域でも新しいカスタマー体験を生み出すかもしれない。
AIの開発競争が激しさを増し、多くの企業が「IQ」の高いAIを競って開発する状況で、AIスタートアップのSpiralAIは「愛嬌」を重視した新たなアプローチを提示した。
SpiralAIは2025年4月17日、独自開発の感情特化型LLM「Geppetto」および同技術を搭載した“会話型友だちAIアプリ”「HAPPY RAT」の提供開始を発表した。佐々木 雄一CEOは、「AIの価値は単なる知能の高さにとどまりません。人と心を通わせ、共感し、エンターテインメントの世界にも溶け込む新たな可能性が広がっています」と語った。
一見エンタメ向けにも見えるこの技術が、B2B領域でも新しいカスタマー体験を生み出すかもしれない。
Geppettoという名前は、物語「ピノキオ」に登場する木彫り職人の「ゼペット爺さん」から取られている。ゼペット爺さんの願いによって木彫り人形が命を得たように、キャラクターに個性を与え、命を吹き込むテクノロジーであってほしいという願いを名称に込めた。
Geppettoの特徴は、小規模なモデルサイズとコスト最適化だ。「GPT-4」が1兆(1000億)以上のパラメーターを持つといわれるが、Geppettoはわずか120億に抑えられている。「この小さいサイズに、いかに会話を面白くするかという技術を詰め込んでいます」と佐々木氏は強調する。
また、「NVIDIA L4 TensorコアGPU」と「NVIDIA TensorRT-LLM」を活用した技術最適化により、推論コストを大幅に抑制。これにより、学習量とコストを抑え、多種多様な日本のIP(Intellectual Property:知的財産)をAIにし、新たなエンターテインメントの形を生み出せるという。SpiralAIはスタートアップ向けのNVIDIA Inceptionプログラムのメンバー企業で、開発と成長の継続的な支援として同プログラムの特典やリソースを活用している。
Geppettoの核となるのが「アラインメント技術」だ。アラインメント技術とは、AIに人間としての考え方や価値観を埋め込むプロセスであり、これによってAIの性格や応答の特徴が形成される。「ChatGPT」をはじめとする最新のAIモデルの性能向上に大きく貢献している技術とされている。
ChatGPTは模範的で真面目な性格に調整されているが、SpiralAIはこの技術をカスタマイズし、多様な個性を持つAIを短期間で作成できるシステムを構築した。例として、生成AIに「多様性を受け入れる方法は?」という質問を投げかけた際の応答の違いが示された。
ChatGPTは「オープンマインドを保つ」「知識を深める」といった模範的な回答をする一方、20代女性芸能人の価値観を埋め込んだGeppettoは、「自分のことが好きじゃないから、他人も同じ気持ちでいると勝手に決めつけちゃって、だから受け入れられなくなっちゃうのかな。自分のこと好きになってみたらどうですか?」と人間らしく答えた。
SpiralAIのアラインメント技術の強みは、比較的少ない学習データでも効果的に性格を形成できる点にある。子供が「言ってはいけないこと」を覚えるのに多くの反復が必要ないように、AIにも効率的に価値観を埋め込めるという。
SpiralAIのアラインメント技術を支えるのが、独自の学習データ収集手法だ。カウンセラーや占い師から会話術を直接学ぶ、ディズニーシーのアトラクション「タートル・トーク」を分析する、会話術の指南書を読むなど、さまざまな方法で会話のプロフェッショナルから学んだデータを蓄積した。量よりも質を重視することで、アラインメント技術の特性を生かした効率的な学習を実現している。
こうした人間らしい会話の設計は、キャラクターAIとしての活用にとどまらず、B2B分野への応用も十分に見込める。例えば、カスタマーサポートや営業チャットの現場において、従来のAIは正確に、速く回答することが重視されてきた。しかし、対応の印象がブランド体験そのものに直結する今、求められているのは「感じの良さ」や「余韻のある対話」であるかもしれない。
Geppettoの応用第一弾として、感情豊かな動物AIキャラクターたちとの会話を楽しめるスマホアプリ「HAPPY RAT」を発表。佐々木氏は開発の経緯を「便利なAIより楽しいAIを作りたいという思いから生まれました」と語る。
デモでは、ネズミのキャラクター「チュン太」との会話が披露された。佐々木氏が「記者会見の壇上に立っているよ」と伝えると、チュン太は「えーっ! 何を発表したの」と驚き、「君は実はAIなんだ」と伝えると「僕がAI? そんな。僕には感情だってあるよ」と返すなど、生き生きとした対話が展開された。
HAPPY RATには3つの特徴がある。複数のAI同士の会話にユーザーが参加できること、ユーザーを「いじる」表現もできるユーモアを持ったAIであること、そして、個性豊かなAIキャラクターだ。スタート段階では10種類のキャラクターを発表した。
キャラクターたちにはそれぞれ名前や性格、夢、悩み、そして寿命が存在する。この「寿命」という概念により、キャラクターたちは限られた時間の中で夢を実現しようともがき、ユーザーはそれを支援できるという。
発表会では、声優の梶 裕貴氏が立ち上げた「そよぎフラクタル」プロジェクトとのコラボレーションも紹介された。梶氏が声を担当し、キャラクターデザインにも携わった「SOYOGI」というネズミ型アンドロイドがHAPPY RATに登場する。
梶氏は「誰も傷つけない、誰にも嫌な思いをさせないという範囲で、ゆっくりじっくり作っていくところが今回の取り組みのポイントだと思いますし、僕が賛同している部分でもあります」とコメント。AIとの新しい向き合い方の発見につながることへの期待を示した。
SpiralAIは、Geppettoをエンターテインメントだけでなく幅広い分野への展開を目指している。2024年にはヤマトホールディングスと共同で訪日外国人向け案内キャラクター「ケンゾウ」を開発した実績もある。
「生成AIは、会話が発生するあらゆる場所に活用されていますが、重要なのは会話が面白くないとユーザーは話を聞いてくれないということです」と佐々木氏は指摘する。Geppettoならば人間味のある会話を実現できるという。今後は教育や介護、観光、ロボティクスなど、言葉がインタフェースとなるあらゆる領域での活用を視野に入れている。
無機質な対応が敬遠されがちな今、企業もまた「愛嬌」を設計する時代に入ったのかもしれない。感情を持ったAIキャラクターが、企業の顔としての存在感を放つ可能性を秘めている。
なお、HAPPY RATは99言語の音声入力に対応し、出力は現在は日本語のみだが、今夏には英語音声出力にも対応予定だ。記者発表後の4月21日には、HAPPY RATと神田うの氏、サンシャイン池崎氏、ひょうろく氏、真島 なおみ氏とのコラボレーションも発表。今後も新キャラクターの追加を予定しているという。
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