SAPが示す「フライホイール」構想でビジネスはどう変わる? Sapphireアップデートまとめ

SAPの年次カンファレンス「Sapphire」では、AIコパイロット「Joule」を中心に、AI、アプリケーション、データの「フライホイール」戦略を発表した。SAPの最新ビジョンと製品アップデートをまとめる。

» 2025年06月12日 07時00分 公開
[David EssexTechTarget]

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 SAPは、米国フロリダ州オーランドで年次カンファレンス「Sapphire」(現地時間:5月19〜21日)を開催した。生成AIエージェント「Joule」が、SAPシステム外のクラウドアプリケーションやデータにアクセスし、質問に答え、推奨事項を提示し、アクションを実行することで、“自動化された企業”を実現するという構想が示された。

 同記事では、Sapphireで発表された最新ビジョンと、製品アップデートを中心にまとめる。アナリストや専門家の評価の他、企業への影響を考察する。

S/4HANA Cloudを統合スイートとして再定義

 基調講演やその他のプレゼンテーションでは、「より応答性の高いERPユーザーエクスペリエンスが、現在の経済の不確実性に対応するための最適なツール」と伝えられた。あるデモでは、Jouleが関税に関するアラートを出し、SAPのサプライチェーンや、営業、人事モジュールのデータを活用して変化への迅速な対応を推奨する様子が披露された。

 SAPはまた、「SAP S/4HANA Cloud」(S/4HANA Cloud)と、「SAP Ariba」「SAP Fieldglass」「SAP Concur」などの関連アプリケーションを統合スイートとして再定義した。総称して「SAP Business Suite」と呼び、SAPはこれらのパッケージをERPのクラウド移行を促す新たな誘因とした。なおSAPは長年にわたり、「RISE with SAP」および「GROW with SAP」を、オンプレミスのSAPシステムからの移行に最適な方法として強調してきた。

 SAPのCEOであるクリスチャン・クライン氏はオープニング基調講演で、「SAPのクラウドビジネススイートへの導入方法は、SAPによる成長と成長の道のりを、より速く、より簡単に、より低コストにする」と述べた。

 あるアナリストは、SapphireにおけるSAPのデータ戦略を「堅牢(けんろう)で競争力があり、将来性がある」と評価したが、「これまでSAPと同様の道を歩んできた顧客の反応が真の試金石となる」とも指摘した。

AI、アプリ、データによるフライホイールを活用する

 基調講演全体を通じて、SAPの幹部は「フライホイール」(相互作用して新たなエネルギーと勢いを生み出す個々のコンポーネント)の概念に立ち返り、AIやデータ、アプリケーションを結び付ける3層のデジタル変革戦略について説明した。

 SAPは、これら3つの分野全てで新製品を発表し、2025年の第3四半期または下半期までに提供すると約束した。

 SAPは、Jouleをビジネスアプリケーションに遍在させることで、ユーザーがデータを見つけやすくし、洞察を基にワークフローを効率化するとともに、エージェント型AI機能を強化するための取り組みを進めた。展示会では、Jouleの新たな78のユースケースが発表され、既に公開されている100のユースケースに追加された。SAPは、この遍在によってユーザーのAIエクスペリエンスを向上させ、生産性が上がるとしている。「Microsoft 365 Copilot」との連携機能も間もなく提供すると述べだ。

 また、2024年に買収した「WalkMe」を搭載した新しい「アクションバー」により、Jouleは複数のアプリケーションをまたいでユーザー行動を分析できるようになるという。現在、Jouleはプロンプトやガイダンスを必要としているが、このアクションバーによってより自律的に動作できるようになるとのことだ。

 Jouleのアプリケーション間連携機能は、カンファレンスで発表されたAI検索エンジン「Perplexity」との連携によって強化される可能性もある。SAPによると、PerplexityはJouleの構造化データと非構造化データを活用し、ワークフローで「構造化された視覚的な回答」を提供する能力を向上させるとのことだ。構造化データと非構造化データの両方へのアクセスは、SAPがフライホイールのデータ要素を説明する上で重要な要素だった。

 他にも、SAPは既存のAI開発ツールをパッケージ化し、「AI Foundation」と名付け、新機能を追加した。開発者は間もなくJoule用のカスタムスキルを作成、管理できるようになり、ユーザーは生成AIコパイロットへのクエリに使用する入力ウィンドウで、より多くのデータを探索できるようになる。AIエージェントハブは、SAPの全てのエージェントを一元管理し、ビジネスプロセスにマッピングする。

 アプリケーション面では、SAPクラウドアプリケーションを顧客のビジネスニーズに合わせて調整することで、その導入を簡素化する「SAP Business Suite」を発表した。

 各パッケージには「SAP Build」開発プラットフォームが付属しており、標準化されたSaaS ERPビジネスプロセスのクリーンなコアを維持してアプリケーションを拡張できる。初期パッケージは5つあり、財務やサプライチェーン運用、人事、調達、販売をカバーする。

 SAPは、2025年2月に導入されたデータ統合プラットフォームである「Business Data Cloud」(BDC)にフライホイールのデータ要素を集中させ、「Databricks」との提携によるテクノロジーを使用してSAP以外のデータも取り込む。

 SAPの製品エンジニアリング責任者であるムハンマド・アラム氏は、基調講演後のメディアおよびアナリストとの質疑応答で、「エンド・ツー・エンドのコンテキストを持つAIを実現するには、データモデルがエンド・ツー・エンドのコンテキストを理解する一連のアプリケーションを使用することでのみ可能だ」と述べた。

 またSAPは、BDCで実行される、データ製品とAIおよびシミュレーション機能を組み合わせた、プレビルドで構成可能なアプリケーションを発表した。その一つである「People Intelligence」は、「SAP SuccessFactors HCM」の従業員およびスキルデータを活用し、人材に関する推奨事項を作成する。

ERPデータを唯一の真実の源とする新しい概念

 ここからはSAPの発表に対するアナリストやコンサルタントの反応をまとめる。

 エンタープライズアプリケーション業界分析会社Diginomicaの共同創業者であるジョン・リード氏は、「これはSAPにとってこれまでで最高のデータナラティブだ。ただ、このアプローチは顧客による検証が必要だ」と述べた。

 同社は近年、同様に大いに宣伝された2つのプラットフォームである「SAP Analytics Cloud」と「SAP Datasphere」で数多くの移行を経験してきた。「顧客にとっては受け入れがたい大きな変化だ」とリード氏は語った。また同氏は、SAPはサードパーティーデータに関するメッセージを明確に伝えておらず、Business Suiteで収集されたデータに重点を置いていると付け加えた。

 リード氏によると、AIがうまく機能するために必要なデータをどのように提供するのが最適かについて業界ではコンセンサスが得られていない。これには、「データのどの程度をリアルタイムにすべきか」「ある程度のデータ遅延でうまく機能するシナリオは何か」などといったことが含まれる。

 Constellation Researchのアナリスト、ホルガー・ミューラー氏は、「SAPがDatabricksとの提携を通じてデータレイクを活用し、サードパーティーのデータを取り込むという適切なアプローチをとっている。これは多くの顧客が利用している標準的で実績のあるツールだ」と述べた。

 ミューラー氏によると、OracleやInforなどの競合に対するSAPのデータ戦略は、最も一般的なビジネスプロセス向けにS/4HANA Cloudの完全な統合スイートを提供できることで強化されている。

 「データを一元管理することには非常に多くのメリットがある。企業にとって重要なことは取引だ。従業員が雇用され、昇給し、給料が支払われ、サプライヤーに支払いがされ、顧客が注文を受けるなど、さまざまな状況が発生する。データへのアクセスと理解は、ERPベンダー全般、特にSAPにとって非常に有利な状況だ」(ミューラー氏)

 会計事務所兼ITコンサルティング会社であるPwCのクラウド変革リーダー、マーク・シールズ氏によると、SAPがより包括的なデータ戦略を持つようになったという事実は、生成AIから価値を引き出す上で非常に重要になるという。

 「これらのデータを統合することは非常に重要だ。おかげで生成AIのメリットを実際に享受できるようになった。しかし標準化されておらずカスタマイズとデータの観点からクリーンでなければ、その価値は得られない」(シールズ氏)

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