「IT人材不足」がいわれて久しいが、その実態はどうか。今回実施した調査からIT人材が不足する背景や、IT人材強化を阻むハードルが浮かび上がった。
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これまで「ITmediaエンタープライズ」と「キーマンズネット」が実施してきた調査でDX(デジタルトランスフォーメーション)やAI導入、データ活用などのIT施策が推進できない理由として多くの企業から「IT人材が不足しているため」という声が多く挙がってきた。
IT人材不足はIT施策推進の足かせとなり事業成長を阻むだけでなく、ITインフラの運用・保守がままならなくなったりセキュリティ対策が立ち遅れたりといった、事業継続を危うくするリスクが増大する要因にもなり得る。
そこで今回、読者を対象としたアンケート調査「IT人材に関する実態調査」(2025年9月22〜27日、回答数:110件)を「ITmediaエンタープライズ」と「キーマンズネット」が合同で実施し、IT人材不足の実態を探った。
まずIT人材の不足状況を尋ねたところ、「非常に不足している」という回答は全体の37.3%、「やや不足している」は全体の35.5%で合計すると7割以上に不足感があることが分かった(図1)。
一般的に「大企業に比べてヒトとカネに余裕のない中堅・中小企業」「中堅・中小企業に比べて体力のある大企業」といわれることが多いが、今回の調査結果の一部はこうした“定説”を覆すものになった。また、AIブームの今、多くの企業が不足しているIT人材として挙げたのはAI関連人材ではなかった。調査結果を具体的にみていこう。
従業員規模別にみると、「(IT人材が)非常に不足している」を最も多く選んだのは1001〜5000人の大企業(52.6%)で、次に多い100人以下の中小企業(43.3%)を約9ポイント上回った。ちなみに「非常に不足している」と「やや不足している」の合計が6割を切る層はなかった。
一方で、「どちらとも言えない」という回答を1001〜5000人の大企業では15.8%、5001人以上の大企業では21.2%が選んだ。
こうしたことから、従業員規模にかかわらず日本企業の多くがIT人材不足に苦しんでいるが、一部の大企業ではIT人材の持つスキルの種類によっては不足感がそこまで大きくない可能性がある。
具体的にどのようなスキルを持ったIT人材が不足しているのか。回答者全体で見ると、項目間にそれほど大きな差はなく、どの人材も満遍なく票を獲得している(複数回答可、図2)。
最も票が多く集まったのは、ネットワークやサーバ、データベースなどのITインフラを設計や構築、運用する「インフラエンジニア」だった(55.0%、複数回答可)。500人以下の中堅・中小企業では「インフラエンジニア」の回答率が60%を超えており、特に101〜500人の企業では66.7%で、次に多い「セキュリティ専門家、セキュリティエンジニア」(60.0%)に6ポイント以上の差をつけた。
101〜500人の企業にはいわゆる「ひとり情シス」やIT部門が小規模であるところが多く、ITインフラの専任者が設置されているケースは少ない。ITインフラが老朽化している企業も多く、運用負荷が高まる中で対応に苦慮している様子が浮かび上がる。
回答者全体ではDXや事業変革のためのIT戦略を主導する「DX推進リーダー」が52.5%、データを分析・活用する「データサイエンティスト、データアナリスト」とセキュリティ対策を立案や実装、運用する「セキュリティ専門家、セキュリティエンジニア」が同率で45.0%と続いた。
従業員規模別で見ても「DX推進リーダー」は全体的に不足感が強く、1001〜5000人規模の大企業で46.7%だったのを除くと、5001人以上の大企業を含めた全ての層で過半数の回答者が選んでいる。
DX推進リーダーにはITの知識やスキルだけでなく、「企業の成長のために事業をどう変革するか」「その変革を実現するために組織や企業風土をどう変えるか」といったビジョンを経営層を巻き込んで策定することや、そのビジョンを具体的な施策に落とし込んで全社に浸透させるための複合的なスキルも多く求められる。
フリーコメントでも「IT人材といえるほどの人材はおらず、ベンダーとの受付窓口でしかない」といったIT部門の専門性の低さを指摘するものが複数届いた。多くの企業が経営とITを分けて考え、IT部門に外部委託先との窓口や社内システムの「お守り」的な役割を与えてきた経緯を踏まえると、「経営」「IT」「変革の実現」の3つを兼ね備えた人材をどう育成するかが、今後のDX推進の鍵となる可能性がある。
逆に比較的票が集まらなかったのが業務アプリケーションを開発する「ソフトウェアエンジニア」(32.3%)だ。近年、標準化されている業務についてはSaaSへの移行が進んでおり、自社特有の業務の中でもスクラッチ開発するほど重要度や複雑性が高くない「隙間」業務や管理業務を中心にローコード/ノーコード開発ツールで内製化する意向が高まっていることが背景にありそうだ。
ここまでIT人材不足の実態を見てきた。ここからは、企業がIT人材の育成や採用、外部委託などによって強化する上でハードルになっているのは何かを見ていく。
回答者全体で最も多く票が集まったのが、「必要な予算(採用費、研修費、委託費など)を確保できない」(43.8%)で、特に100人以下の中小企業では60%に上った(3つまで選択可)。
100人以下の企業ではIT人材の強化にかける年間の合計費用を「予算化していない」という回答が半数を占め、予算化している企業でも「100万円未満」が最多だった。
ただし、IT人材強化にかける費用が潤沢とは言い難いのは101人以上の企業でもあまり変わらず、「(IT予算の強化にかける年間の合計費用が)分からない」を除いたグループで最も多い回答は「予算化していない」だった。また、予算化している企業の中では「101万円〜300万円」「501〜1000万円」が同率で多かった。
IT人材強化にかける予算の不足は、「効果的な育成プログラムの企画や、研修コンテンツの選定が難しい」(28.8%)や「自社が提示できる給与や待遇が、市場の相場に見合わない」(27.5%)といった多く票が集まっている項目だけでなく、「スキルを身に付けても、それに見合う給与や待遇などの待遇が得られない」(10%)にも影響を与えていそうだ。
注目したいのが、「スキルを身に付けても、それを生かせる業務やキャリアパスがない」と「スキルを身に付けても、それに見合う給与や役職などの待遇が得られない」という回答が合わせて20%に上る点だ。
フリーコメントには実際にスキルを磨いたと思われる回答者から「業務効率化に25カ月以上携わったが、昇進・昇格は一切していない。人事制度に自分のような業務のキャリアパスがなく、何をやっても評価されたと感じない。精神的に強く追い詰められている」という切実な声が届いた。
同じくフリーコメントとして「10年かけて育成した人材が転職してしまった」「若い人材を採用してもすぐに辞めてしまう」「新卒を採用したが、次の年に転職した」といった内容が多く寄せられており、人材が定着しないことが一部の企業で大きな課題になっていることがうかがえる。IT人材が定着しない“土壌”をIT人材の視点から見直す場合、キャリアパスや待遇が整備されていなければ、モチベーションを維持するのは難しいことを考慮する必要がありそうだ。
一方で、「自社に必要なIT人材の具体的なスキルが定義できない」(15.0%)という企業も一定数に上る。中小企業向けのITコンサル事業に携わる回答者からは「リテラシーの低い顧客企業では何が課題で何を実施すべきなのかが整理できず、ツールありきになりがち。『通訳者』となれる人材が少ない」という厳しい声も届いた。
特にこれまで経営とITの距離が遠かった企業は、自社の課題を洗い出し、その中からITで解消できるものは何か、今後必要なITシステムやITスキルが何かを順に見極めるところから始めるべきなのかもしれない。
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