SAP ECC 6.0の条件付き保守延長発表はユーザー企業に「猶予」という誤解を与えた。だが真の危機は期限ではなく、移行を担うSAPコンサルタントの不足にある。本稿は、予算があってもベンダーから辞退される現実を浮き彫りにし、今すぐ着手すべき構想策定とパートナー確保の重要性を説く。
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SAPの「2027年問題」の真のタイムリミットは保守期限ではなく、移行を担う「SAPコンサルタントの枯渇」にある。本寄稿連載は、ベンダーに放置される「移行難民」を回避するための初動から、成否の8割を握る構想策定の極意、RFP作成やアドオン削減を巡る業務部門との対立といった生々しい実務の壁を突破するための具体策を、全3回にわたって解説する。
SAPのERP「SAP ECC 6.0」(以下、ECC 6.0)を利用している企業は、いま重大な岐路に立たされている。同製品には保守期限が設定されているが、多くのユーザー企業が「まだ時間がある」と誤解しているのが実情だ。
企業が直面しているのは、システムのサポート終了という単なる時間の問題ではない。本質的な危機は、移行プロジェクトを完遂するために不可欠なSAPコンサルタントの不足にある。どれほど予算を積んでも、肝心の「人」が確保できず、プロジェクトが立ち往生しているのだ。
本連載では、ECC 6.0の保守期限を巡る誤解と実態を整理し、ユーザー企業が直面している深刻なリソース不足の現状を明らかにする。その上で、保守切れという事業継続リスクを回避するために、企業が最優先で取り組むべき事項を解説する。
べリングポイント(現PwCコンサルティング)、山九、野村信託銀行、あずさ監査法人、EYストラテジー・アンド・コンサルティング(EYSC)などを経て2024年から現職。
主に製造、金融、物流の国内およびグローバル企業におけるERP導入やIT中期経営計画の策定など業務とシステムの構想段階から要件定義までのコンサルティングに従事。その他、工場における製造現場の状況を踏まえた原価計算の再構築や決算早期化、内部統制対応までシステムから業務コンサルティングに至る幅広い経験を有する。
最初にECC6.0が抱えている問題を解説する。
SAPの「2025年問題」とはECC6.0のEHP(エンハンスメントパッケージ)のバージョンを6以上にアップデートしなければ、SAPによる保守サポートを2025年末で終了する問題を指し、多くのユーザー企業は対応を完了していると考えられる。ただし、これらの会社はSAPの「2027年問題」に直面しているのが現状だ。
SAPの「2027年問題」とは、日本の大企業を中心に広く展開されたERP 6.0の標準保守(メインストリーム)が2027年末に終了することだ。別途、SAPと個別契約を締結することで2030年以降の保守延長も可能だが、あくまで一時的な措置にすぎない。保守期限切れに伴うリスクやユーザー企業の選択肢については後述する。
保守期限切れになることで、SAPから定期的に配信されるパッチの提供が停止し、税制改正などが生じた場合に自前で対応しなければならないため事業継続のリスクになる。
SAPは2025年2月4日、ECC 6.0の標準保守終了を2027年から、一定の条件付きで2033年まで延長すると発表した。これによって「2027年問題」が解消されたと誤解している企業も多い。「2027年問題」が2033年に先送り(保守サポート期間が延長)され、急いで対応する必要性がなくなったと誤解しているのだ。ユーザー企業の誤解を解消するため、SAPの発表内容について解説する。
SAPの発表の趣旨は、ECC 6.0ユーザー企業の保守延長を従来通り2030年までとしつつ、SAPコンサルタントの人材不足などに起因して「SAP S/4HANA」(以下、S/4HANA)への移行が進展していない現状に配慮したものだ。これは決して、移行に取り組んでいない企業に向けた「延命措置」ではない。あくまで「S/4HANA化」に注力しながらも、諸要因によって2030年までの完了が困難な企業に対する「救済措置」と捉えるべきだ。
SAPの発表以降、これまでECC6.0を利用してきたユーザー企業のS/4HANA化の依頼は減少傾向にあり、先述のSAPによる発表が何らかの影響を及ぼして可能性がある。
以前から課題として指摘されてきたSAPコンサルタントの人材不足は現在も継続しており、今後も日本語ネイティブのコンサルタントの起用を求める限り、解消が見込めないだろう。現在の人材不足の状況を理解するために、実際に発生した事案を紹介する。
筆者のあるクライアントは、合併し、新会社を立ち上げるという難問に取り組んでいた。システムを開発する前段階の業務整理などは順調に進み、残り1年、後はS/4HANAの会計部分を導入し、その他の周辺システムは新会社稼働後に導入する予定だった。また、残り1年の時点でベンダーとしてはBig4系のグローバルコンサルティング会社が伴走しており、何の問題もない状態で新会社の稼働を迎えるはずだった。
しかし、このコンサルティング会社が別クライアントのプロジェクトの影響でシステム開発部隊を充てられなくなり、数年に渡って伴走してきたクライアントのシステム開発をする余力がなくなる事態へと発展した。そのため、日本に拠点を設ける名だたる会社15社に対してシステム開発の提案依頼をした結果、全ての会社から提案辞退を受けるという結果になる。
さまざまな辞退の理由が考えられる。今までは付き合いがなかった会社からの突然の依頼に対して提案、開発する余力がない状態であったと推測できる。ただ、ある程度の余力があったならば、数億円単位のプロジェクトであり、獲得したい案件であっただろう。にもかかわらず提案辞退という結果から、現在のSAPコンサルタント不足がいかに深刻な状況であるかが理解できる。
こうした中、SAPの発表を誤解して検討を先送りしているユーザー企業は、S/4HANA化の計画を策定したとしてもITサービスベンダーを確保できず、計画の延期を繰り返すうちに2030年の期限が迫り、サポート打ち切りに直面するリスクを抱えている。
そこで、保守期限切れのリスクを回避するために採るべきアクションを挙げていく。
S/4HANA化を実行するに当たって、直ちに要件定義やシステム開発に着手するわけではない。まずはプロジェクトの所要期間や人員体制の全体像を描き、精度の高い概算コストを算出した上で、必要な予算を確保するプロセスが不可欠だ。その具体的な対応策について解説する。
構想策定には、大部分を内製で取り組むか、外部のITサービスベンダー(コンサルティング企業を含む)を起用するかという2つの方法がある。
S/4HANA化のような基幹系システムの再構築経験がある人材が社内にいれば、自社メンバーで構想策定プロジェクトを立ち上げ、構想策定後に必要なRFP(提案依頼書)を作成し、要件定義以降のシステム開発をするベンダーを選定することが可能だ。
しかし、社内にECC 6.0の導入経験者がいない場合や、経験者がいても本業が多忙でリソースを割けない場合は、外部の力を借りるほかない。取引のあるITサービスベンダーやコンサルティング企業に構想策定を依頼し、RFP作成からベンダー選定、さらにはS/4HANA化の立ち上げ、開発、保守運用までを一貫して支援してくれるパートナーを早期に確保すべきだ。
構想策定をするパートナーは、既存のITサービスベンダーだけでなく、これまでに取引がなかったベンダーを含めて選定することも考慮すべきだ。このメリットは、既存のベンダーが提示するコストが適正か否かを判断できる点や、従来はなかった視点でプロジェクト遂行の可能性を探れる点などが挙げられる。
「構想策定の質が移行の成否の8割を決める」と断言できるほど構想策定は重要だ。最初の工程で歪なものを作ってしまうと、後工程の要件定義なども歪な形で継続されてしまう。そのため、自社の担当者に余力があるのであれば、複数のベンダーに声を掛け、各社の提案内容を比較検討することを推奨したい。
構想策定において企業ごとに準備すべき内容や規模(工数)は異なる。SAPの利用が日本国内のみか、海外拠点を含むか、現状は海外を含まないが統一したいなどの意向があるか。さらに事業部門ごとにERPの仕様が異なる場合や、改善すべきポイント(現行システム導入当時と現在で事業内容が異なるなどの状況の変化)などで考慮すべき事項も異なる。
直ちにプロジェクトを開始せずとも、最終期限を見据えて着手時期を策定するのは不可欠だ。あらかじめ自社の状況を取引先ベンダーに共有し、密に連携しておくことで、ベンダー側でのSAPコンサルタントの要員調整が可能となり、深刻な人材不足に伴うリスクも回避できるだろう。
自社の基幹システムが保守切れを迎えるリスクを回避するには、早期にベンダーを関与させ、いかにプロジェクトを進めていくべきか相談することから検討すべきだ。
前述の通り、多くのユーザー企業は2025年問題の対応が完了し、2027年問題への対応を開始し始めている。しかし、「何も対応していない」ユーザー企業も存在しているため、改めてECC6.0を利用しているユーザー企業の選択肢を提示しておく。
採りうる選択肢は以下の6つだ。なお、ここではEHPが「6」以上であることを前提とする。
延長保守を利用したとしても一時的な措置であり、税法などに改正が生じた場合は自前で対応しなければならない点に変わりはない。また、上場企業の場合、保守契約が切れたシステムを使い続けることは、コンプライアンスの観点で課題を抱えるため対応が迫られる。
なお2025年、先に上げた第三者保守を利用した複数のユーザー企業が、筆者が在籍する企業に今後の対応の提案を依頼してきた。この状況についても参考情報として触れておく。
企業はさまざまな理由から第三者保守を選択する。SAPの高額な保守料をおよそ半額で利用できる第三者保守は、例えば、一時的に業績低迷に直面した企業にとって「渡りに船」とも考えられる。システムが安定稼働しており、かつ法改正への対応を自社で担うことを許容できる企業にとっては選択肢の一つになるだろう。
一方で、基幹システムそのものが進化し、処理速度の向上や機能の高度化、自動化、AIの実装など、大幅に拡張されたシステム構成へとアップグレードしている。こうした背景から、“塩漬けERP”を使い続けることをビジネスリスクと捉える企業も増えている。
注意点としては、第三者保守からS/4HANAを選択する場合、SAPによる保守から第三者保守に切り替えていた期間に相当するの保守費用を遡及して支払わなければならない。他のERPを導入することに比べてコストが高額になる傾向も考慮しておくべきだろう。
現在、ECC6.0のユーザー企業に、S/4HANA化に着手せず第三者保守を選択することで「2027年問題」を回避しようと検討している場合、将来のシステム選択の幅を狭めてしまうリスクが伴う点も認識いただきたい。
S/4HANA以外のERP導入を選択する企業が少ない理由について、筆者がユーザー企業でシステム選定をした経験を基に解説する。
SAP製品は大企業を中心に多様な業界で採用されている。事業部門のユーザーにとっては必ずしも使い勝手が良いとは言えないが、経営層にとっては、地域や製品、顧客属性といった多角的な売上分析をリアルタイムでできる点が利点だ。
つまり経営の立場から見ると、SAP製品は経営判断をする上で必要な情報を入手可能であり、業界トップの競業他社も利用しているため変更する理由が多くはない。そのシステムを選定の選択肢から外した場合、どうしてSAPが入っていないのかを説明しなければならず、SAPを取り下げる熱意が担当者になければ他社のERPへ乗り換えるというのは発生しにくい。
これらを踏まえ、ユーザー企業は塩漬けERPとともに周辺システムを刷新し、業務効率化や情報の精緻化など、業務の課題を解決しようとする動きも生じてくると筆者は推察する。
SAPコンサルタントの不足は今後も継続するだろう。ECC6.0を保守切れさせないためには、自社が置かれている状況や計画内容を取引のあるベンダーに伝え、想定している対応が適切か、またはベンダーに対応する余地があるかどうかを確認すべきだ。
ユーザー企業によっては自社の進む方向を決定しているが、それらを上回る多くの企業が方向性で迷いを抱えている。既にS/4HANA化を決定している企業に加え、こうした迷いを抱える企業が今後の検討の末にS/4HANA化を選択する可能性も高く、SAPコンサルタントの不足状況はより深刻になりかねないことを念頭に置いていただきたい。
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