「2800万点から目当ての1品へ」 モノタロウが4カ月で実装した、AI任せにしない独自検索機能AWS Summit Japan 2026

2800万点の商品から目当ての1品へ導くため、モノタロウが開発した生成AI組み込みの「購買エージェント」。長年蓄積してきたデータと独自検索エンジンにAIを融合させた「AI任せにしない独自検索」の裏側と戦略に迫る。

» 2026年08月06日 07時00分 公開
[指田昌夫ITmedia]

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 事業者向け間接材ECサービスを提供するMonotaRO(以下、モノタロウ)は、約2800万点という膨大な取扱商品の中から、顧客が目当ての1品に最短でたどり着ける検索体験の向上に注力してきた。同社が新たに開発したのは、生成AIを組み込んだ「購買エージェント」機能だ。

 汎用(はんよう)AIチャットの台頭に危機感を抱いた同社は、全てをLLM(大規模言語モデル)に頼るのではなく、長年培った自社データと独自検索エンジンにAIを組み合わせるハイブリッドなアプローチを選択。わずか4カ月という短期間で実装されたこの「AI任せにしない独自検索」により、BtoBの購買体験はどのように進化したのか。

内製開発で商品検索機能を磨き込む

 モノタロウは「資材調達ネットワークを変革する」というミッションを掲げ、製造や物流、医療などの業界を中心にした全ての事業者を対象に、さまざまな間接資材を提供している。

普川泰如氏(講演画像より)

 「事業者が間接資材の調達にかける手間を省き、本業に集中できる環境を整えることが、同社の活動目的だ」と、登壇した同社常務執行役CTO(最高技術責任者)の普川泰如氏は語る。

 「この目的を達成するため『フルスタックEC』と呼ぶ内製開発体制を敷いている。システム開発だけでなく、データ分析やカスタマーサポート、事業部門まで含めた基本的な業務を全て社内で内製化し、Webサイトを運営している」

 同社のECサイトの最大の特徴であり、強みの源泉は、扱う商品点数の多さだ。その数は現在、約2800万点に達するという。数が多いだけに、顧客が必要な商品をスムーズに購入できるようにすることが不可欠だ。

 「『手袋』と検索しても、1万点を超える商品が該当する。検索結果の上位にどの商品を表示するかがお客さまの購買体験に大きく影響する」

 この課題を解決するため、同社は独自の検索エンジンを開発している。そこで活用しているのが顧客データだ。BtoBのWebサイトであるため、同社はログインしている事業者の業種や職種などを把握している。加えて、過去の購買行動のデータや商品の口コミ情報が蓄積されているため、それらを使って検索結果の絞り込みをする。

 それにより、例えば医療系のユーザーが「手袋」と検索すれば、医療処置に使うニトリルゴムの白い手袋がヒットし、製造業の場合は耐熱性や耐切削性を備えた手袋を上位に表示させられる。

 普川氏は特徴的な事例として、本サイトで「ねこ」と検索した場合を挙げる。「建設現場で使う、手押しの一輪車は通称『ねこ』と呼ばれている。当サイトには猫関連の商品もあるが、こうした業界特有の専門用語にも対応し、建設業界のお客さまが『ねこ』と検索したときは、一輪車が上位に出るようにしている」

ユーザーによって「ねこ」と検索した際の回答結果が変化する(出典:普川氏の講演資料)

 これらの検索チューニングは、個々のアイテムにキーワードをタグ付けしていくことでも実現できるが、いかんせん商品点数が多く莫大(ばくだい)なリソース必要になるため現実的ではない。そこで、顧客がキーワードで検索した結果などから、特定の業種の検索と購買の統計データを分析し、最適化しているという。フルスタックECの開発体制だから実現できた機能といえるだろう。

 検索機能の進化は、これにとどまらない。最近のユーザーは、欲しい商品が決まっていて検索するのではなく、例えば「工場の床に白い線を引きたい」といった、やりたいことを検索ボックスに入力するケースも増えている。従来の商品検索機能は、基本的にキーワードの全文検索なので、こうした質問に答えられなかった。

 「そこで、ユーザーの検索テキストをベクトル表現に変換し、同様に商品情報もベクトル化しておいて、その意味的な近さを比較する類似検索機能を、2024年に追加した。これによって、全文検索では拾えないニーズにも応えている」(普川氏)

 ベクトル検索を導入した結果、用途の入力などに対して、従来は検索結果が0件だったケースが70%減少し、関連した商品を見つられるようになった。

汎用AIを超える体験を目指した「購買エージェント」の開発

 長年にわたり検索機能を磨き上げてきたモノタロウだが、近年のAIプラットフォームの普及により、顧客の購買行動が大きな変化に直面しているという。

 「これまでは、SEOなど検索エンジンへの施策によってお客さまを当社のWebサイトへ誘導し、商品を探す体験を提供することが、競争力の源泉だった。しかし今は、汎用的なAIチャットの普及によって、お客さまが当社のWebサイトに来たときには、既に商品を特定しているケースが増えている。これによって、当社のWebサイトでお客さまのデータを収集できなくなるため、危機感を抱いている」と普川氏は語る。

 この環境変化に対応するため、同社は「一般的なAIサービスよりも優れた商品検索体験を提供する」ことを目標に、生成AIを組み込んだ「購買エージェント」の開発に着手した。

 開発に当たり、同社は生成AIの市場と特性やリスクを吟味した上で、どのような価値を提供すべきかを検討した。BtoBユーザーの場合、曖昧な検索をする場合でも、結果は正確なスペックでなければ使うことができない。最短距離で目的の商品に到達することが最も重要だった。

 ユーザーが再検索する際の効率化もテーマに掲げられた。「当社のWebサイトでは、よく購入する商品を『お気に入り』に登録でき、ヘビーユーザーのお客さまは、1万点以上をお気に入り登録しているケースもある。これは本当のトップの場合だが、自分の購入履歴から欲しい商品を探すことも、なかなか難しい状況がある」

 購買エージェントは、BtoB購買に特有の事情にも対応することが求められた。「例えば工場で作業をしている人は、自分では購入せず、事務部門の人に欲しい品番を伝えて購買を依頼することが多い。購買を依頼された人は、その品番の商品がなかったときに、同等の代替品を検索することになるが、どうしてその代替品を選んだのか、根拠を示す必要がある。そのため、検索結果に代替品として使える根拠を加えることができれば、決済時の安心感を与えることができる」

 加えて、同じ質問をしても都度答えにばらつきが出る生成AIの回答のリスクや、プロンプトへの不正なインジェクションの排除、セキュリティガイドラインに沿った運用などにも考慮しつつ、利便性とのバランスを取りながら開発に着手した。

既存機能でできない検索をLLMに任せる

 このように複雑な要件を盛り込んだ購買エージェントの開発だったが、実際にはプロジェクト開始の2025年12月から4カ月後の、2026年3月末には開発を完了し、限定的な本番公開を実現している。短期間でリリースできた理由を、普川氏は説明した。

 まず、機能を役割ベースに分解し、コンポーネント化したことで、開発するものとしないものを分離して工期を短縮できたこと。「ここでは、コンポーネントの設定段階から、AWSのプロフェッショナルサービスの支援を受けたことで、適切な構成を作ることができた」

 開発ではハイブリッド型のアプローチを採用した。「当社は過去から検索エンジンを作り込んできた。その強力な基盤を生かしながら、追加で必要な部分だけにAIを使う構成とした。AI機能は『Amazon Bedrock』を採用し、APIで接続することで信頼性を確保しながら推論部分を融合した」と普川氏は説明する。

 その結果、既存の検索エンジンにも使われる、顧客情報など独自データ資産の強みをAIと連携しながら、高精度なレコメンデーションを実現している。

 実際の購買エージェントは、次のような動作をしている。最初にユーザーがエージェントに投げた要望を、具体的な商品検索か、ユーザーがしたいことなのかを判定して、顧客属性などからコンテキストを追加し、生成AIが検索クエリを作成。それを同社の検索エンジンで商品検索する。その結果について、再度生成AIが検索結果の根拠を付加する形で、検索が完了する。

 検索結果のレスポンス改善も進める。「開発当初は、検索結果が表示されるまで約30秒の時間を要していたが、サブエージェントによる内部の並列処理を実施した他、結果が出そろう前に1行目の表示を開始するなどの工夫を凝らし、公称で約8秒、体感的にはさらに速く感じるようにチューニングしている」

短期リリースが可能だった理由(出典:普川氏の講演資料)

利用が拡大するとLLMの利用コスト最適化が必要

 購買エージェントは現在、一部限定公開となっているが、利用したユーザーからは、過去に購入した商品を探すリピート購買のシナリオにおいて、非常に高いコンバージョン率が得られることが明らかになった。ユーザーの過去の行動データとAIを組み合わせることで、顧客が目的の商品に素早く到達できることが実証された。

 ただ普川氏は、現状には満足していない。「特定の型番を検索する機能や、用途に基づく検索には、まだ改善の余地があると考えている。また、生成AIの検索結果にはばらつきがあり、再現性がない。お客さまから問い合わせがあった場合、なぜこの結果が出たのか、全てのログを保存しておいて追いかけるオブザーバビリティの強化も必要だ」と語る。

 同社では改善を繰り返しながら、今後は購買エージェントのユーザーを拡大するための認知活動も強化する計画だ。

 ただ、今後購買エージェントが全ユーザーに公開された場合、生成AIのトークンが利用上限に達し、コストが増加する可能性が高い。生成AIの利用を最適化することはもちろん、場合によっては購買エージェントに最適化した小規模言語モデル(SML)の検討が必要になるだろうと、普川氏は見通している。

今後の展望(出典:普川氏の講演資料)

 最後に普川氏は、今回の購買エージェント開発を振り返り、「当社の購買エージェントは、全てをLLMで開発しようとせず、既に存在していた独自の検索エンジン、蓄積した顧客データ基盤とAIを融合する方針で取り組んだことが、良いサービスを実現できたポイントだった」と語った。

本稿は、Amazon Web Services(AWS)が主催したイベント「AWS Summit Japan 2026」(開催日:2026年6月25〜26日)でモノタロウの常務執行役CTOの普川泰如氏が「モノタロウの AI 戦略とその実践 −購買 AI エージェントが拓くエージェンティック・コマース」というテーマで講演した内容を編集部で再構成したものだ。

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