なぜ今「あえてオンプレ」なのか? AI時代に見直すハイブリッドインフラ戦略Enterprise IT Summit 2026 春

「持たないIT」であるクラウド化への流れは止まらないが、それでも「持つIT」であるオンプレミスをあえて選ぶ理由もある。運用設計ラボが提唱する持続可能な事業成長を実現するためのインフラ再構築戦略とは。

» 2026年08月26日 07時00分 公開
[山下竜大ITmedia]

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波田野裕一氏

 ハードウェアを所有する「持つIT」であるオンプレミスに対し、ハードウェアを所有しない「持たないIT」であるクラウド化への流れは止まらない。とはいうものの、フルクラウドがいつでもベストな選択とは限らない。必要なのは、通信量や遅延、規模などに応じた適材適所のインフラ運用(セグメンテーション)だ。

 業務特性やシステム環境のミスマッチを回避し、持続可能な事業成長を実現するためのインフラ再構築戦略はどのようにあるべきか。運用設計ラボの波田野裕一氏が解説する。

本稿は、アイティメディアが主催するオンラインイベント「Enterprise IT Summit 2026 春 DXを『事業の力』に変えるために」(開催日:2026年5月18〜21日)で運用設計ラボの波田野裕一氏(シニアアーキテクト)が「『クラウド全振り』だけじゃない オンプレミスも視野に考えるクラウド戦略の現実解」をテーマに語った内容を編集部で再構成した。

「持たないIT」であるクラウド化への流れは止まらない

 一般的にクラウドが得意な分野は「業務内容が明瞭」な「よくある業務」だ。一方、クラウドサービスは多くのユーザーに利用されることで成り立つビジネスモデル(スケールメリット前提)のため、「珍しい業務」には不向きで、この分野は専門業者にシステムの個別開発を任せることになる。しかし生成AIの登場により、「業務内容があいまい」だが「よくある業務」も言語化できるようになってきた。

 例えば、ブラックボックス化して手がつけられなかった社内の運用自動化ツールも、従来のように労力を費やしてリバースエンジニアリングすることなく、生成AIに任せられるようになった。このように、これまで手つかずだった未整理の業務領域までクラウド化できるようになったのが、ここ2年ほどの大きな変化だ。一方、「業務内容が明瞭」な「珍しい業務」の領域も細分化が進みクラウド化しやすくなった。

生成AIによる言語化が進むとクラウドサービス化が進む(出典:波田野氏の講演資料)

 波田野氏は「この領域は、クラウドが新しいサービスを提供するときにターゲットになります。最近、話題になっているのが、弁護士の業務を生成AIに実行させる米国のスタートアップです。2026〜2027年にかけて、この領域のクラウド化も、より一層進むのではないでしょうか」と話す。

 このようにクラウド活用が拡大する中で、オンプレミスとの役割分担を理解しておくことが重要になる。両者の主な違いは以下だ。

1.対象領域

 クラウドは「世の中のよくある」領域が得意で、オンプレミスは「自社でしか実現できない」領域が対象となる。

2.予算との関係

 クラウドはビジネスの売上原価(運用費用)として事業への貢献度合いが問われるのに対し、オンプレミスは「IT資産」の構築と拡大そのものが評価される(資産化が前提となる)傾向があった。

3.教育と学習

 クラウドは誰でも環境が得られ、情報も多いため学習が容易な傾向があるが、オンプレミスは専用の機器やソフトウェアを扱うため教育と学習に制約が多い。

 クラウドのメリットは、大抵の「やりたいこと」が実現できること。また資産の減価償却に悩まされることなく、うまくいかなくても早期に撤退できることが挙げられる。人材の調達や育成なども比較的容易で、クラウドベンダーのサポートを受けられることも大きなポイントといえる。

 一方、オンプレミスのデメリットは、クラウドへの対抗軸となる「強み」を見つけることが困難なことだ。また、資産化によって「あるから使わないといけない」という圧力が発生し、手段が目的化しやすい。さらに人材の調達や育成の難しさもある。サポートも原則として「自己責任」となり、リスク回避先としての選択肢が少ないこともデメリットといえる。

持つITであるオンプレミスをあえて選ぶ理由とは

 数々のデメリットがあるにもかかわらず、なぜあえて「持つIT」であるオンプレミスを選ぶのだろうか。その理由としては、クラウドでは実現できない領域であること、5年間の資産減価償却を前提とした中長期の計画が立てられる領域であること、そして、人材調達や育成の難しさを克服できる領域であることが挙げられる。さらに「自己責任」に見合うベネフィットがあることも重要なポイントといえる。

 「オンプレミスを選ぶ最大の理由は、クラウドではどうしても実現できない領域が存在するためです。主に物理的制約や費用的制約、法的制約の3つがあります。物理的制約はクラウドでは回避できないネットワークレイテンシなど、費用的制約はクラウドでは回避が難しいデータ転送コストなど、ガバメントクラウドの登場などで制約は緩和されつつありますが法的制約もまだまだ残っています」(波田野氏)

 また、資産の減価償却や人材調達の難しさを覚悟してでも、自社のコアコンピタンスとして取り組む価値がある領域も対象となる。さらに、オンプレミスの構築、運用ができる人材、一定のレベル以上のセキュリティ、自社でカバーし切れない部分についての外部サポートの3つの充足が不可欠だ。そのために必要な予算を確保できることもポイントになる。

 「オンプレミスをあえて選ぶ理由は、クラウドでは実現できない領域、自社のコアコンピタンスとしての価値がある領域、自前で実現、維持できる領域です。この3つの領域がそろった場合、『オンプレミスをあえて選ぶ』ことに妥当性が生まれます」

持続可能な事業成長を実現するためのインフラ再構築戦略

 持続可能な事業成長を実現するためのインフラ再構築において、原則的にクラウドの利用は避けて通ることができない。そのためのインフラ再構築戦略は、大きく3つになる。

戦略1

 あまり付加価値の高くないコモディティに関しては、原則的にクラウドファーストで考えるべきだ。理由は、クラウドを使えば大抵は実現できること、資産の減価償却に悩まず早期に撤退できること、人材の調達や育成など比較的容易であることが挙げられる。

戦略2

 コアコンピタンスを適材適所に配置する。例えばクラウド化すべきコアコンピタンスもあれば、オンプレミスにするコアコンピタンスもある。判断基準としては、クラウドを使えばできるのかできないのか、減価償却で悩むか悩まないか、人材を確保できるかできないかの3つだ。

戦略3

 オンプレミスを選択するのであれば、まず事前の設計がキモになる。クラウドはある程度見切り発車でも後から修正が可能だが、オンプレミスは物理制約や事前調達、減価償却などの観点から失敗を取り返すことが困難だ。

オンプレミスは後戻りができない 緻密な事前設計とリスク想定の重要性

 例えば物理制約では、設置場所や電源、配線、動線、温度、湿度、保守などの観点で事後の変更が難しい。また事前調達では、事後の調達や超過調達分の処分が困難で、減価償却は4〜5年間の償却期間は原則として資産を廃棄できない。

 「オンプレミスでは、長期計画や中期計画、短期計画を立て、随時見直しをしながら進める必要があります。また労働災害の想定も必要です。オンプレミスでは、物理機器のラッキングや高圧電流、ファイバーや光信号などの光ケーブルでけがをすることがあります。そのためクラウドでは存在し得ない“要員の負傷や入院”を想定しておくことも必要です」

 クラウドで回避できないネットワークレイテンシの対応方法としては、コアコンピタンスはオンプレミスのローカルネットワークで処理をするやり方などがある。例えば、エッジコンピューティングのようなケースで、工作機械やIoT機器などの制御データをクラウドで処理するのではなくエッジ側で処理する。

クラウドでは回避できないネットワークレイテンシはエッジ側で処理(出典:波田野氏の講演資料)

 波田野氏は「最近ではローカルLLM(大規模言語モデル)、ローカルAIのような考え方も出てきたので、AI活用にコアコンピタンスがあるときにはオンプレミスが有効になります。特にIoT機器では、この仕組みにすることが多いので、特に珍しいケースではありません」と話す。

 また、費用的制約としてクラウドでは回避しにくいデータ転送コストの問題などが挙げられる。例えばIoT機器では、エッジデバイスのストレージの保存容量が増えるので、クラウド側で処理するとダウンロードコストが高額になる。クラウドのアウトバウンド通信料金を抑制するためには、コアコンピタンスをオンプレミスのストレージに保存することが有効になる。

 「データ保存や1次データの加工や集計、提供に関してはエッジ側のオンプレミスで処理し、加工済のデータのみ転送して、2次データの加工や集計、分析をし、2次データの提供はクラウド側で担います。バックアップとしてアーカイブデータを保存しておきたい場合、ダウンロード側で使うことは想定していないので、問題が発生したときのみダウンロードするのであれば基本的にはクラウド側にバックアップします。片道切符でクラウド側に保存するものはコストがかからないのでクラウドが有効になります」

失敗を取り返すための「評価計画」と「撤退シナリオ(Bプラン)」

 また導入後の評価計画および順調に利用が拡大している場合のAプランと、利用が不調な場合のBプランを常に用意しておくことも重要になる。

 評価計画では、どのような基準でオンプレミス化の成功(成果)を判断するのかという評価指標と、その実施スケジュールをあらかじめ明確にしておく。評価結果に基づき、Aプラン/Bプランを常に用意しておくのは、なかなか実践しにくいが、オンプレミスでは評価計画を明示することが重要になる。

 「評価計画はスケジュールとひもづいていることが重要です。また、Aプランはうまくいった場合の展開(規模拡大)プランで、比較的幅を持たせることが可能ですが、失敗した場合の撤退(クロージング)プランであるBプランはきっちりと決めておくことをお勧めします。特にBプランはネガティブなイメージがあるので設定しにくいのですが、大きな損失を生む前に撤退を判断できるという意味で、Bプランこそが重要になります」

 オンプレミスを視野に入れるクラウド戦略の現実解として、クラウドファーストは時代の流れだが、その一方で他社と同じことをやっていては差別化できない。その場合、コアコンピタンスとしてのオンプレミスを検討する余地は十分にある。

 波田野氏は「オンプレミスを検討する場合、ハイブリッドクラウドという選択肢が現実解になります。コモディティはクラウド化し、コアコンピタンスはオンプレミスを検討します。繰り返しになりますが、オンプレミスを選択するのであれば、評価計画とAプラン/Bプランを常に用意しておきます。オンプレミスの経験は得難いものもあるので、ビジネスと乖離しないのであれば個人的に経験した方がよいと思っています」と話している。

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