AI時代のIT運用は「守り」からビジネス価値創出への転換が求められる。FinOpsとオブザーバビリティを掛け合わせることで、投資価値を最大化し、価値創出サイクルのスピードと統制を両立させる戦略を解説する。
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これまでのインフラ運用は、障害発生やコストの超過をいかに防ぐかという「守り」の役割が中心だった。しかしこれからの時代、ビジネスのスピードを落とすことなく新たな価値を創出し、さらに価値を高め続けるためには、運用の役割そのものを変革していく必要がある。その判断のためのアクセルとブレーキを、どのように踏み分ければよいのか。守りの運用から脱却するための考え方や実践方法、戦略とは。
本稿は、アイティメディアが主催するオンラインイベント「Enterprise IT Summit 2026 春 DXを『事業の力』に変えるために」(開催日:2026年5月18〜21日)で日立製作所の松沢敏志氏(シニアクラウドアーキテクト)が「守りの運用を脱却せよ ―FinOps×オブザーバビリティの実践戦略」をテーマに語った内容を編集部で再構成した。
米『Fortune』誌が売上高順に選ぶ米国企業上位100社「Fortune 100」のうち97社は「FinOps」に関する取り組みを始めている。またFinOpsに取り組む企業のうち、98%がクラウドに対するFinOpsの成功体験をAIの領域にも転用し始めているという。松沢氏は、「FinOpsは、もはや一部の先進企業の話ではありません。世界のメインストリームでビジネスのインフラとなっています」と話す。
その背景にあるのが生成AIの登場だ。現在、クラウドへの支出が右肩上がりで伸びているが、生成AIへの支出はクラウドをはるかに上回る勢いで伸びている。「私自身、最も多く対話しているのは、顧客でも、同僚でも、上司でもなく、生成AIです。『Google検索』も、既にAIモードで(AIによる)検索結果が表示されるなど、意識することなく生成AIを利用する時代になっています」と松沢氏は語る。
例えば、米国防総省では、GenAI.milの運用開始から約5カ月で数十万規模のAIエージェントがデプロイされ現在も増え続けている。またAnthropicが開発したAIモデル「Claude Mythos」は、未発見の脆弱(ぜいじゃく)性を検出し、攻撃コードを高い精度で作成できることから「危険すぎる」という理由で一般公開が見送られた。松沢氏は、「Claude Mythosの事例は、セキュリティ脅威の話ではなく、テクノロジーの進化によって高度なロジックを簡単に作ることができる時代が来たということです」と話す。
以前は、高度な専門性を持ったエンジニアが何週間〜何カ月もかけなければ作れなかった高品質なプロトタイプでも、今やその日のうちに動くコードを手に入れられる。そこでスピードを優先し、PoC(概念実証)やPoV(価値実証)で小さく試し、これまで以上にアグレッシブに判断することが求められる。それに伴い、多少のコストはスピードを得るための必要経費として受け入れられるようになっている。
「変化に対応できるスピードを追求するためには、これまでのやり方ではなく、アジャイルやAI駆動開発などで、1日〜数日でサイクルを回す必要があります。また運用の責任は、インフラ部門と開発チームが一体となったDevOpsで分担します。さらにアーキテクチャは、より複雑なマイクロサービスに分割されるなど、さまざまなレイヤーが変化し、サイクルがどんどん速くなっています」
その一方、さまざまな部門で同じようなAIのPoCが実施され、誰も全容を把握できなくなる「クラウドカオス」が多くの企業を悩ませている。クラウドカオスにより、一部の部門のPoCの手応えを根拠に、ガイドラインが不十分なまま全社展開してしまう問題が発生する。逆に、慎重になり過ぎて立ち上がりが遅れてしまうこともある。さらに短期的に効果が出ていないという理由で、撤退判断が早過ぎることもある。いずれもAIへの取り組みが間違っているのではなく、タイミングの問題といえる。
「判断のタイミングを逃さないためには、直感や経験則ではなく、データに基づいた『タイムリーな意思決定』の仕組みが必要です。そのための仕組みが、FinOps(データに基づく意思決定の枠組み)×オブザーバビリティ(意思決定の根拠となるデータ)です。FinOps×オブザーバビリティにより、判断のタイミングを間違えるリスクを軽減することができます」
FinOps×オブザーバビリティの本質は、単なる節約や監視ではなく、集めたデータの使い方にある。企業が置かれている“ビジネスの文脈”によって目的は変化する。「コスト最適化を目的とする文脈もあれば、信頼性やパフォーマンスを重視する文脈、スピードを優先し、多少の無駄を許容する文脈もあります。その結果、やるべきことも見るべきデータも変わってきます」と松沢氏は話す。
AIエージェントの導入・活用が加速する現在、多くの企業にとってのFinOps×オブザーバビリティの目的は、多少の無駄は許容してでもスピードを落とさないこと、および期待する回答の精度や「害(ハルシネーション)」を許容範囲に保つことだ。ただし、撤退やスケールアップなどの判断のタイミングは絶対に逃したくない。そのために「判断の前提(誰が、何を、どこまで)」を整えることが重要になる。
AIエージェントの一般的な最適化ポイントは非常に複雑だ。例えば、インフラレイヤーに安価なサーバを選べばコストは削減できるが、推論に時間がかかりユーザー体験は低下する。逆にアプリケーションレイヤーで、プロンプトに過去の文脈、コンテキストを大量に詰め込めば、回答精度は向上するが膨大な入力トークンを消費してコストが膨大になる。
松沢氏は「複雑なトレードオフの中から、ビジネス状況に合わせて、どこに手を入れるべきか見極める力が求められます。この見極めを勘や経験ではなく、データで見極めるのがオブザーバビリティの役割です」と話す。
AIエージェントの複雑さに対し、まず「判断できる状態」を作るためのデータセットを収集する。見極めのために必要になるデータセットは主に以下の4つだ。
「日本企業に特有のウオーターフォール型が染み付いていると、完璧主義になりがちです。完璧にするためには時間も、工数もかかります。まずは簡単に収集できる4つのデータセットを取り込んで、現状を「見える化」することからスタートすることが有効になります」
データセットが収集できたら、FinOpsのデファクトスタンダードの手法であるFinOpsフレームワークを利用する。FinOpsフレームワークには、22の活動項目が定義されているが、全ての項目に対応するのではなく、最小限の活動セットとして、以下の4つに着目してサイクルを回す。
「ここでも完璧主義は捨てることが必要です。いきなり100点満点にする必要はなく、30点、20点でも見える化することが重要で、まずは意思決定のベースラインとなるサイクルから回します。例えば配賦では、コストがどこのチームに配賦されているかを100%把握する必要はなく、どこがタグ付けできていないかを見える化するだけで価値があります」
4つのサイクルを回し、データが見える化できたら経営や現場の判断が劇的に変化する。例えば、AIコストの8割が特定の機能で動く重いモデルにかかっていたというコストドライバーがひと目で分かり、限られたエンジニアのリソースをどこに投入すべきか優先順位がつけられるようになる。また実際のデータを直視することで、AIはお金がかかるといった漠然とした思い込みが消え、隠れた無駄をピンポイントで削減できる。
重要なのはコスト削減ではなく、スピードと品質を確保するために「どこまで時間(コスト)を使えるか」という許容範囲を経営と現場で合意することだ。例えば、月に100万円までは自由にさまざまなAIのモデルを試してもよいといった枠組みを作る。その決められた範囲で、どれくらいのスピードで予算を消化しているのかをチーム全体でリアルタイムに共有する。許容範囲を逸脱したときだけアラートを送信し、メトリクスで判断を切り替える。
「普段はスピード優先で、非常時だけ立ち止まる心理的安全性のある設計こそがクラウドカオスを勝ち抜く唯一の道です。だからこそ、FinOps×オブザーバビリティが重要です。FinOps×オブザーバビリティは、単なるコスト監視の仕組みではありません。データがあるからこそ、コスト最適化を優先するのではなく、ビジネス価値創出のスピードを重視する経営判断が可能になり、現場は合意された判断基準に基づいて、自信をもって前に進むことができます」
一般的にFinOpsは、コスト最適や節約の文脈で語られることが多い。一方、オブザーバビリティは、パフォーマンスや障害対応の文脈で語られる。しかし変化の激しいAI時代の中で、スピードを落とすことなく、ビジネス価値を生み続けるために、いかに判断を設計していくかが重要なポイントになる。
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